ある生物学者の不可思議な心臓

ある生物学者の不可思議な心臓

先天性心疾患をもつ生物学者が命について考える。

生物学

読まれる学術書の書き方

昨年末行ったシンポジウムの講演の話を本にまとめるために、原稿を書いている。締め切りは8月末でまだしばらく先ではある。しかし、早くも書き終わるか不安で、常にそのことが頭の片隅にこびりついてしまっている。平日は仕事と家事で疲れてしまうため、書…

東京都心で体験した震災:後編

前編のおさらい。東京駅で地震にあったおいらは、その後隣の駅にいた妻と子供と無事合流し、10kmほど離れた実家を目指して歩き始めたのだった。 震災が起きた頃のおいらは、今のように心臓の調子が悪くなっておらず、人生の中で一番体力がある時だった。おか…

体と心のフェノロジー

まだ年も明けていないというのに、連日の寒さに堪えて春が待ち遠しい。春の訪れは日照が長くなったり気温が暖かくなることでも感じられるが、それだけではたまたま暖かい日である可能性もあり十分確信できない。真に春が来たと思えるのは、植物たちが新たな…

正解のない生き方

前回のブログで、学会のシンポジウムで講演することになったと書いた。今日はその講演内容を講演前に一足先に公開してしまおう。というわけで今回の話は、心臓や病気のこととは関係のないゴリゴリの生物学の話である。 おいらは今から15年ほど前、鹿と大仏で…

風前の研究者

おいらは、研究者業界の中ではもはや忘れ去られた存在である。ここ数年、学会発表も論文発表もろくにしておらず、他の研究者と共同研究したり交流することもほぼなくなった。一応大学の研究室で研究員として働いているが、おいらの仕事は研究室マネージメン…

多様性という試練

人類は、これまで生物が生み出す多様性に散々悩まされてきた。あえて強引に言ってしまうならば、人類史上に起きた様々な問題は、いずれも多様性が発端になっていると言えなくもない。例えば、おいら達が抱えている先天性心疾患という病気。もし、全ての人間…

May the Fontan be with you

クリスマスも終わり、今年もあとわずかとなった。今年は正直暗い年だった。おいら個人的な面では、不整脈がたびたび発生し体調が安定せず、研究職の夢を諦めかけ、科学雑誌に投稿した論文は雑誌編集者から聞いたことがない理不尽な扱いを受け、職場はブラッ…

生きる姿

先月の台風15号に続いて、再び巨大台風が関東圏に向かっている。特に甚大な被害が出て、今なおその傷が癒えていない千葉県は極めて危険な状況にあり、胸騒ぎがしてしまう。どうか何事もなく無事過ぎてほしい。せめておいらの方に向かってくれないかな。まっ…

生物にはなぜ病気があるのか

「難病カルテー患者たちのいま」という本を読む。多くの難病患者が紹介されていたが、生まれつき症状が発症している先天性疾患の例は少なく、ある程度成長してから発症する神経・筋肉・骨・消化管・免疫系の難病が大半だった。そうした難病では、早い人なら1…

毛が生えた程度は根本的な違いである話

たまには生物学の小話でもしてみよう。先にお断りしておくと、話が進むほどうざったい独りよがりな展開になって、眠たくなること間違いなし。途中でギブアップして全然OKです。 その生物は、野菜売り場にごく当然のようにありふれて陳列されている。がしかし…

フォンタンの未来

先日、フォンタン患者とその家族それに全国から集まった小児循環器医が参加したフォンタンのセミナーがあり、おいらは患者の一人として体験談を語ることになった。おいらは、今住んでいる南の島の中ではフォンタン患者として最高齢らしいが、それは別に偉い…

妖しき統計

おいらが専門にしている生態学は、生物学の中で最も統計を駆使する分野である。生物学には、生理学、発生学、細胞学などほとんど統計を用いない分野もあれば、生態学、系統分類学、遺伝学のように統計を使いまくる分野もある。実際、おいら自身も日々の研究…

命の品定め

最近、おいらの住む南の島のサンゴ礁を巡って、世界中を巻き込んだ論争が起きている。軍事利用のためにサンゴ礁が埋められる事態が迫っており、その保全が争点の一つになっているのだ。おいら自身は、生物学者の端くれとして保全を願っているが、生物保全の…

植物の涙

おいらの住む南の島には、モモタマナという樹木種が島のあちこちに自生し街路樹としてもよく植えられている。名前は可愛らしいが、冬が近づくこの時期に大量の葉と果実を落とし、道路を好き放題散らかしてくれるやんちゃな植物だ。葉は、ホウノキのように丸…

完璧主義の心臓

人類史において、長らく生物は神が創造した奇跡の産物と考えられていた。生物の存在や構造は人類の理解を完全に超越しており、全知全能の神による創造無くしては生物の存在を説明できなかった。むしろ、生物の存在が神の実存を立証しているとすら見なされた…

不可思議を追い求める心

今回はリクエストを頂いた職業についてお話ししたい。なぜおいらが生物学者という職を選んだかについてである。2018年のあるアンケート調査によれば、小学生男子が将来なりたい職業は、野球やサッカーの選手を抜いて学者・博士が1位だそうだ。理由は定かでは…

サッカー占い

いつの頃からかW杯の勝敗をタコで占うようになった。その先駆けは、おそらくドイツの水族館で飼育されていたパウル君というマダコで、2010年W杯のドイツ代表の試合結果を高確率で的中させた。今年のW杯では、北海道にラビオ君というミズダコがいて、日本代表…

健常者の時間、先天性心疾患者の時間

このブログでも度々書いてきたが、おいらは子供の頃から自分の寿命は50歳までだろうと感じている。5年前にフォンタン術後症候群になり、PLEや不整脈の合併症が出てからは、その寿命をさらに確信した。先日の心筋梗塞の時には、50歳も甘い予想だったなとさえ…

傷心の研究者

新年早々、投稿していた論文が2つ連続で落ちた。論文が落ちたとは、学術雑誌に投稿していた論文が、掲載不可と判定されて返されることである。研究をしてある程度成果が出ると、それを論文にまとめて学術雑誌に投稿する。雑誌に投稿しても、すぐに掲載して…

植物とかけてコンビニと解く

しばらく前、息子の学校の教室で、おいらがやっている植物の研究について話す機会があった。話終わった後、生徒から「なぜ植物を研究しているのですか」と質問された。おいらは、待ってましたとばかり得意げにその理由を答えた。おいらが植物を研究する最大…

大放水

先週、入院の最後通告を突きつけられたが、フルイトランという利尿剤を増やしてあと一週間悪あがきすることになった。水抜きすれば、血中タンパクの濃度が上がるからだ。さらに駄目押しに、ハイゼントラ4g/20mLを2本打つことにした。これらの対処療法は見事…

チキンレース

おいらの体には致死性の病気がいくつも潜んでいる。まず本家の心臓は、不整脈などによる急性心不全で突然死する可能性がある。そうでなくても心機能が年々低下し心不全になるのは避けられない。それから先日切除した大腸ポリープは異常な数と増殖速度だった…

落ちるものは怖い。

先日入院していたある晩、激しい雨雲が流れてきた。スコールのような豪雨とともに、何度となく雷が落ちた。時には病院からすごい近くで落ちて、空気が裂ける音がした。病院全体もビリビリと震えた。おいらのベッドはちょうど窓際だったので、怖いもの見たさ…

破壊生物学者

南の島に住んでいるのだから、一度は熱帯魚が群れる海の中をシュノーケリングをしてのぞいてみたいものだ。先日、ついにその願いが叶った。干潮時にできたサンゴ礁内の浅いタイドプールでシュノーケリングをしたのだ。そこはとても浅く、ほとんどのところは…

島に落ち着く。

実は、南の島に移住してすぐに、ある大学から公募の面接に呼ばれていた。テニュアトラックという任期なしの終身雇用につながる職だったので、もしこれが受かればよほどのことがない限り一生安泰である。しかし、新たな住居新しい職と、全てが始まったばかり…

希望も絶望も持たない

今から一年前の地獄入院から退院した直後。おいらはしゃがむことができず、床に座ることができなかった。電動式の介護ベッドに寝起きし、ベッドから体を起こす時は電動で上半身をあげる必要があった。腰椎圧迫骨折のためコルセットを体に巻き、痛みで寝返り…

狭い殻でも広い浜がいい。

南の島に来てから、すでにいくつかのビーチを巡った。全てのビーチではないが、そのいくつかでオカヤドカリを見つけた。いるところにはたくさんいて、10匹以上簡単に見つかった。手のひらに乗せると、すぐに頭を出してモソモソと動き出した。あるものは、勢…

早すぎる五月病

仕事が始まってまだ一週間めだというのに、毎日すごく疲れる。いすにすわっていると、腰や背中がかなり痛くなった。午後になると帰りたくて仕方がなく、時間の流れがとても遅く感じられた。結局あまりに疲れるので、本来の5時過ぎまでいられず、4時半頃に…

心臓に毛を生やそう

4年ぶりに学会に参加して研究発表を行った。昨年と一昨年は、入院していたため参加できなかった。学会参加だけでなく、ここ数年おいらは闘病に精一杯で、論文も出せず、調査もできず、まともに研究活動をしていなかった。論文は科学雑誌に投稿するものの、…

断捨離は心臓に悪い

南の島へ向けた引越準備を進めている。できるだけ荷物を減らそうと、思い切って本や過去の資料などを処分することにした。紙の資料はできるかぎりスキャナーで取り込んで電子化し、実物は廃棄した。おいらは、4年前からの第2の闘病時代からの血液検査の結果…