ある生物学者の不可思議な心臓

ある生物学者の不可思議な心臓

先天性心疾患をもつ生物学者が命について考える。

水に左右される

最近は、2、3週に一度外来の診察を受けている。診察を受けにいくと、必ず血液検査をする。今気にしなければならない項目は、まず血中蛋白量を測る、総蛋白(TP),アルブミン免疫グロブリン(IgG)である。フォンタン手術の合併症に蛋白漏出性胃腸症(PLE)というのがあるが、おいらは3年ほど前からこれが発症し、血中の蛋白が腸に漏れている。腸に漏れでて血中蛋白濃度が下がると血液の浸透圧が下がり、細胞に水分が移動してむくんでくる。その他だるくなったり、消化が悪くなったり、浮腫は多種の臓器におよぶと多臓器不全に陥る。体内の水分が多いため心臓の負担も大きくなる。いくつかの医学論文によれば、フォンタン手術後にPLEを発症すると、5年生存率が50%だそうだ。フォンタン手術合併症の中でも最も深刻なものの一つである。おいらは、PLEの改善のためプレドニンというステロイド服用やアルブミングロブリンの点滴補充などの治療を続けている。

 血液検査の項目に話を戻すと、次に腎臓機能を測るクレアチニン尿素窒素、尿酸がある。入院して蓄尿検査を受けたときにはクレアチニン・クレアランス(24hCCR)も調べる。おいらは、抗生剤や利尿剤などの長期多量投与により腎臓機能がかなり低下してしまった。24hCCRの値は30を下回り、これは高度腎臓障害のレベルにある。

 そして、肝臓機能を測るGOT, GPT, γ-GTP, CHEも注視している。おいらは子供の頃の輸血により、C型肝炎に感染してしまい、現在は肝繊維化が進んでいる。γ-GTPの基準値は50以下だが、おいらは100を下回ることがほぼない。ひどいときには1000越えした。その他の項目も異常値を示している場合がほとんどだが、肝臓は沈黙の臓器と言われるだけあり、いまのところ特に自覚症状はない。それから、今年の初めから貧血のため長期入院する指標となったヘモグロビン値、心不全の程度をあらわすBNPがある。

 血液検査の度に、これらの項目の変化に一喜一憂をしていたわけだが、最近ようやくこれらの値の多くが体内水分に大きく左右されることがわかってきた。蛋白やヘモグロビンは水分をたくさんしぼって浮腫がなくなると、血中濃度があがる。しかし、しぼりすぎると腎臓に負担になるらしく腎臓系の値が軒並み悪くなる。また、水分をしぼると心臓に負担が軽減するためかBNPが改善される。肝臓系の値は、はっきりとした水分との関係はみられない。つまり、肝臓系を除いては水分バランスに大きく影響されるようなのだ。

 でも、まだ適度な水分バランスがうまくつかめずにいる。サムスカを飲んでいるせいもあり、今は水分制限もなく喉が渇いたらこまめに水分を取るように医師から指示されている。ただ、長年の水分制限のトラウマのためか水分への渇望が強く、喉が渇いたらと言われたら24時間常に渇いている気分がある。お茶でも水でもジュースでもなんでもいいから、浴びるようにごくごく飲みたいのである。こまめにチビチビ飲むなんて全く満たされない。でも現実にできるのは、せいぜい良くて200mlを一度に飲むくらいである。だから家にいるときは、一日に何度もうがいして口の中を潤している。しかし、うがいをすると、ものの数分で余計に口が渇いてくるときもある。そんなわけで、街に出れば常に水分を無意識に探していて、自動販売機、飲料水売り場、果物、レストランのドリンクメニューを目で追ってしまう。

 先月の水抜き入院の後からは、クリームパン足はすっかり消えてなくなり、体重は減り、腹囲は減ったものの、まだ腹水はかなりある。これ以上利尿剤でしぼっても腹水はでてこなそうだ。腹筋を鍛えるしかないだろう。口渇感をなくし、蛋白、腎臓、ヘモグロビン等の値がよい水分バランスを見つけたい。今日もまた、口の中をべたべたネバネバと自分でも気持ち悪くなりながら、このことに思いをめぐらせている。