ある生物学者の不可思議な心臓

先天性心疾患をもつ生物学者が命についてつづるよ。

フォンタン術後の消化管出血と蛋白漏出性胃腸症

地獄入院の話を再開しよう。
 地獄入院は、貧血がきっかけで始まった。後々わかってきたことは、消化管内からの出血で貧血が起こり、出血は蛋白漏出性胃腸症の延長線上に生じたものだった。以前にも書いたようにそのような症例は極めて少ないが、ほぼ唯一ではないかと思われる報告論文が一つある。SD病院で、主治医の先生との怒り面談の際に、教えてもらった論文である。今回はこの論文について解説したい。ほとんど参考にする人はいないかもしれないが、おいらのように地獄入院を味あわないためにも、フォンタン術後PLEを発症している方の予備知識となれば幸いである。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

Himeshkumar Vyas, David J. Driscoll, Frank Cetta, Conor G. Loftus, Heidi M. Connolly (2006) Gastrointestinal bleeding and protein-losing enteropathy after the fontan operation, The American Journal of Cardiology, Volume 98: 666-667.
「フォンタン術後の消化管出血と蛋白漏出性胃腸症」

要旨:フォンタン術後に蛋白漏出性胃腸症(PLE)を発症した患者において、消化管出血をおこした症例はこれまで報告がなかった。我々は、そのような症状に見舞われた3名の患者について報告する。この出血は、PLEをきっかけとして起こり、視覚的に確認できた。そして、貧血を招き輸血を必要とした。侵襲的な検査では、消化管内の感染は見受けられなかった。したがって、この原因不明の消化管出血は、おそらくPLEの延長上に生じたものであると考えられる。

本文:3名の患者は、4歳, 12歳, 40歳。それぞれの心疾患はUnbalanced atrioventricular canal(心室中隔欠損?)、両房室弁左室挿入(左室型の単心室症)、三尖弁閉鎖症(左室型の単心室症)。4歳、12歳の患者は心外導管フォンタン、40歳の患者はAPCフォンタンを受けた。ヘモグロビン値は前二名が10g/dl台、3人目が8台。3名ともPLEを発症し、慢性的血便でそれにより貧血を引き起こしていた。患者3は、投薬治療により改善し、PLEと出血がおさまり輸血も一年以上していない。患者1は、投薬治療だけで一時的に回復した。しかし、房室弁修復術後、ふたたびPLEと出血が再発し心臓移植を受けた。移植後はPLEと出血がおさまった。患者2は薬物治療では効果がなく、最終的にフォンタン接続を取り除いた。術後紆余曲折があったものの、今は回復に向かっている。下痢は止まり、貧血はおさまり、腹水も改善したものの、アルブミン値は依然低いままである。
 フォンタン術後の患者で、PLEと消化管出血を示した症例は今まで報告されていない。たとえば、114名のPLE患者について調べた国際的な多機関による研究でも、出血は見られていない。
 出血の原因として、PLEの原因ともなる静脈圧の上昇が、毛細血管からの粘膜の出血を引き起こした可能性が1つ考えられる。しかし、上記の国際研究でも静脈圧が高いPLE患者はおり、今回の3名が特別高い訳でもなかった。さらに、フォンタン接続の閉塞や肺動脈狭窄といった症状も見られていない。静脈圧上昇を原因と考えるのには無理がある。
 感染やそれによる炎症も原因に考えられるが、出血とPLEが両方でる患者がこれほどまれなのは筋が合わない。血液凝固障害の原因も考えられなくもないが、通常凝固障害は出血よりも血栓症になるのが特徴的である。3名は正常な凝固指数を示していた。内視鏡や血管造影では検出できないような顕微鏡レベルの出血が起きているのかもしれない。原因は複合的であるが、この謎の消化管出血はきわめてまれなもののPLEの延長線上と見られる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 結論としては、極めて稀な症例であり、原因不明なようだ。その後も類似の報告例がでてこないので、相当稀なことなのだろう。幸か不幸かおいらはその稀な症状がでてしまった。おいら自身原因となるような思い当たるものはなかった。ただ、入院する半月ほど前くらいから、胃腸がもたれ、だるくて気力がでなかった記憶がある。便は下痢でもなく、色が黒くなるような血便でもなかった。とはいえ入院する前は年末年始のころだったので、暴飲暴食とまではいかないまでも、無茶な食事をして胃腸に負担をかけていたかもしれない。また、先天性心疾患の患者にとって冬の寒さは厳しく、血行動態を悪くしてしまう。今までも冬に体調を崩すことが多かった。さらに、PLEを治療するためのステロイド剤もかなり減ってきた頃だった。そうしたことが重なって、胃腸や他の内臓器官に十分血液を送ることができず、消化管がうっ血してふたたび炎症をおこし、PLEと出血を発症させたかもしれない。ただ、出血の方は、入院後に急激に悪くなったので、入院によるストレスと食事と度重なる内視鏡検査などが悪化させたのではないかと思う。入院当初は、医師の方も一週間ほどの入院と見込んでいたので、かなり想定外の悪化だったのだろう。
 稀なケースではあるが、稀だけに治療に難渋し、地獄を味わう羽目になった。似たような症状がでてきた方がおられたら、どうか早め早めの対応をお勧めしたい。