ある生物学者の不可思議な心臓

ある生物学者の不可思議な心臓

先天性心疾患をもつ生物学者が命について考える。

スモールフレンドリージャイアント

子供の頃、よく見る夢があった。真夜中の街を巨人が徘徊する夢である。巨人の姿は見えず、どすんどすんと足音だけが聞こえ、おいらは家で寝ながら足音が近づいてくるのをじっと聞いていた。不思議と怖さはなかった。むしろ、巨人は散歩でもして楽しんでいるように聞こえ、安心感を感じていた。その足音を聞いていると、おいらはより深く心地よい眠りに落ちていくことができた。

 巨人の足音の正体は、おいらの心臓の音だった。体をある特定の角度にして寝ていると、心臓の拍動音が布団や枕を伝わって直接耳に響くのだった。それが夢の中では、巨人の足音になり、人々が寝静まった真夜中の街を歩いている気がしていたのだ。だから、巨人の足音が力強く安定しているほど、おいらの心臓はしっかり動いていることを示しているのである。足音に安心感を感じるのはそのためであろう。

 残念ながら、今はもう巨人の夢を見ることがなくなった。不整脈により、足音は不規則になり、むしろ苦しくなってしまった。あるときは素早い頻拍であったり、まるでつまづいたかのように脈が飛んだりしている。それでも、今もたまに安心感を得たくて、寝ているとき耳に響く角度を探して音を聞いたりしている。たとえ不整脈であっても、おいらの内なる小さな巨人が立てる足音は、とてもけなげであり、おいらを励ましてくれる音なのだ。