ある生物学者の不可思議な心臓

ある生物学者の不可思議な心臓

先天性心疾患をもつ生物学者が命について考える。

早すぎる五月病

仕事が始まってまだ一週間めだというのに、毎日すごく疲れる。いすにすわっていると、腰や背中がかなり痛くなった。午後になると帰りたくて仕方がなく、時間の流れがとても遅く感じられた。結局あまりに疲れるので、本来の5時過ぎまでいられず、4時半頃には帰ることにした。こんなに疲れるのでは、この先一月と持たないような気がして、精神的にも憂鬱になってしまった。

 週の終わりに南の島に来てから初めて心臓の診察を受けた。結果は、3月の時とほとんど変わらず、TP6.1, ALB3.8, IgG798だった。貧血の状態は未だに続いており、ヘモグロビン11.8で、フェリチンもかなり低めだった。疲れやすいのは、貧血のせいなのかもしれない。そう思うと少し気が楽になったが、結局だからと言って仕事を休めるわけではないので、憂鬱な気持ちは変わらなかった。

 疲れやすいのは貧血のせいもあるかもしれないが、本当は五月病なのなのかもしれない。新しい研究室の研究分野はおいらには馴染みがなく、てんで理解できなかった。だから、議論や会話に全くついていくことができず、取り残された気分になった。とりあえずおいらに与えられた仕事は、生物相について記載された文献ファイルをかたっぱしから集めることであった。目下調べる文献リストは600以上あり、google scholarやciniiなどいくつかの文献検索サイトでそれらを一日中検索し続けた。正直、この単調作業も眠気と疲労を誘った。

 あまりに息詰まると、こっそり抜け出して大学内にある池を見に行った。初日にカワセミが見れた池だ。しかし、カワセミはその後姿を現さなかった。毎日、文献情報ばかりを見ていると、生身の生物が恋しくなった。おいらはもうフィールドワークをやれるほど元気ではないが、でも少しでも実際の生物に触れたくて仕方なかった。もし、このまま数年にわたって文献検索に明け暮れる日々だったらと思うと、ノイローゼになりそうだった。こうした暗い予感が疲れを助長しているのだろう。

 まだ、仕事が始まって一週間しか経っていない。この憂鬱な気分を払拭する方法は思いついていないが、毎日淡々とやるしかない。なんだかそれは入院して、毎日退屈と痛みと苦しみに耐え続け、いつかよくなる時を待っていたときとよく似ている。入院の時の密かな楽しみは、売店に行きガリガリ君を食べることだった。そして今の息抜きは、帰る途中にスーパーに寄って炭酸水を買い、一気飲みすることだ。でもそれもまた、水が溜まってむくみだるくなる原因になるのだった。何をやっても疲れてしまう八方ふさがりな状態だな。これが厄年の本当の恐ろしさか。