ある生物学者の不可思議な心臓

ある生物学者の不可思議な心臓

先天性心疾患をもつ生物学者が命について考える。

島に落ち着く。

実は、南の島に移住してすぐに、ある大学から公募の面接に呼ばれていた。テニュアトラックという任期なしの終身雇用につながる職だったので、もしこれが受かればよほどのことがない限り一生安泰である。しかし、新たな住居新しい職と、全てが始まったばかりだったので、最初は面接に行くかどうか迷った。だが、研究者の友人にたまたま出会う機会があり、このことを相談したところ、死んでも受けるべきだと喩された。さらに、新しい職場の上司の先生も、研究職につく厳しさを熟知しており、ぜひ受けるべきだと勧めてくれた。というわけで、おいらは新天地に向けて、一大決戦に打って出たのであった。

 面接用のプレゼンを入念に準備し、つまることなく時間ぴったりに話せるように練習を重ねた。想定質問に対する回答も色々と考えた。そして当日。準備の甲斐があって、面接は焦ることなく話すことができた。質問にもしっかり答えられたと思う。これはいけるかも、と期待に胸膨らませながら、帰りの飛行機で余韻に浸っていた。

 一般的に採用が決定すれば、面接後数日のうちに連絡が来る。だが、一週間、二週間、と待てど連絡は来なかった。その間、万が一と思い、引っ越しの段ボールは極力開けず、そのままの状態にしておいた。だから、ずっと長い旅行にでもきているようで腰が落ち着かず、どこかよそ者のような感覚だった。そうこうしているうちに、一月半がたった。もう旅行気分もよそ者気分もうんざりしていた。仕事も少し慣れて、職場の人々とも親しんできたので、このまま南の島にいた方がいいなと願うようになった。神はこの願いを見逃さなかった。これまで何十通ともらってきたように、不採用と書かれたピラピラの紙が届いたのだった。

 早速、その週の週末大型の家具をたんまりと買い込んだ。そしていつものようにビーチに行き、全身海に浸かった。実は南の島に来て海水浴をするのはこの時が初めてだった。それ以前は、ビーチに行っても足に少し浸かるだけで、体まで入らなかった。その日は、天候もちょうどよく最高に気持ちよかった。穴場なのか人も少なく、水はとても透き通っていて、小さな魚が時々群れをなして泳いでいた。砂浜には今まで行ったビーチの中でも一番多くオカヤドカリがいて、まるでおいら達を歓迎してくれているようだった。海に入ったことで、なんだか身も心も清められたような気がした。海水浴の後は、近くのカフェでかき氷を食べた。体に染み込むように氷が溶け、とんでもなく美味しかった。やっと我が家は南の島に落ち着いたんだ、そう心から感じることができた。

 これから今の職の任期が続く数年間、この地で生きていくのだ。そうと決まれば、毎日のんびり、ビーチでびちゃびちゃ、ぜんざいざんまい。