ある生物学者の不可思議な心臓

ある生物学者の不可思議な心臓

先天性心疾患をもつ生物学者が命について考える。

渋滞が渋滞を引き起こす

おいらの住む南の島では、至る所で渋滞が発生している。その原因は、車の台数が多すぎるためだそうだ。県民一人にほぼ一台の割合で持っているらしい。さらに、暑い気候のため、ちょっと出かけるにも車を利用するのが習慣になっているせいもある。渋滞を避けようと、脇道や迂回路に逸れて行こうとする車も多く、住宅街の狭い道路でさえ、車の往来が絶えない。そのため、閑静な住宅街はほとんどなく、騒音・排ガス・安全性が悪化し、人々の生活環境の質は著しく下がっている。

 これと同じような状態が、おいらなどのフォンタン術後PLE発症患者の体内に起こっているようだ。PLEの発症原因は、いまだ明らかでないが、最も有力視されているのは、中心静脈圧CVPが高いことだ。中心動脈圧とは心臓に近い上下大静脈内の圧力を指し、正常値は4~8mmHgという範囲である。フォンタン術後患者は、この圧が高くなりやすく12以上になったりする。この静脈圧が高いと、いわば血液の流れが滞っていて、渋滞している状態になっている。そうなると、末端の毛細血管に血が溜まってうっ血してしまう。特に消化管や肝臓腎臓など毛細血管の多いところでうっ血しやすく、うっ血した臓器が機能低下したり、炎症を起こして出血したり、微細な穴が空いて蛋白が漏れたりするのだ。

 この説明は、以前から医学文献を読んだり、主治医から説明を受けたりして、聞いていた。しかし、おいらの場合、PLE発症後に受けたカテーテル検査では、CVPが8mmHgほどで決して高くはなかった。むしろフォンタン術後患者としてはかなり低い方だと言える値だった。実際、文献でもCVPが低い場合でもPLEが発症している症例が度々報告されており、CVPは本当に関係しているのか疑問があった。

 しかし、最近発表された論文(大内. 2017.フォンタン術後患者と蛋白漏出性胃腸症. Pediatric ardiology and Cardiac Surgey 33: 211-214.)を読むと、これまでの疑問がだいぶ払拭された気がしたのだ。この論文によれば、普段は低CVPであっても、不整脈など容易に高CVPを引き起こす要因を持っていれば、PLEが起こりうるというのである。おいらはまさにこの状態だった。PLEが初めて診断された頃、おいらは不整脈に毎日苦しんでいた。そしてその後も、不整脈が頻発するとPLEが再発していたように思う。

 上記の論文で端的に表現されているように、PLE発症は死亡率が高いと同時に、QOL(Quality of Life)が極端に低下する病態である。おいらの体も、不整脈が起きるたびに、血液が渋滞し、あちこちの毛細血管がうっ血して、PLEを起こし、QOLが低下していたのだった。今住んでいる南の島でも、車を運転するたびに渋滞に巻き込まれて、ストレスが蓄積する。しかしストレスがたまれば、それが原因でまた不整脈が起こりかねない。そしたら今度は、おいらの体の中で渋滞が発生してしまうだろう。そんな悪循環を断ち切るには、渋滞を解消させるしかない。そんなわけで、最近自転車通勤するようにしたのだが、悪循環(vicius cycle)をサイクリングで止めようだなんて、洒落にもならんな。