ある生物学者の不可思議な心臓

ある生物学者の不可思議な心臓

先天性心疾患をもつ生物学者が命について考える。

ムーベンで無理便

今日は汚いシモの話をしよう。お嫌いな方は読まないことをお勧めする。

 昨年の地獄入院から15ヶ月。ついに再び入院することになってしまった。そのためしばらく記事を更新できなかったが、入院中に書きためたので、この後もあまり日を置かず続けて載せていきたい。  

 今回の入院は地獄入院の続きでもあり後始末でもある。昨年の地獄入院の際に、おいらの大腸に9つのポリープが見つかった。本来なら見つかった時点ですぐにとっても良かったのだが、その時のおいらは消化管出血を起こしていて極度の貧血状態にあり、これ以上の出血を伴う処置は危険だった。そのため、出血が落ち着いてからということになり、結局その後色々あって伸ばし伸ばしになってしまった。そして、現在。出血も収まり体調も比較的安定していることから、ポリープ切除術をしても大丈夫だろうということになった。

 ポリープの切除は内視鏡を使っての比較的簡単なものである。麻酔は使わず、鎮静剤で寝ている間に小一時間で終わってしまうものだ。健康な人なら2、3日の入院ですむ。おいらの場合は、ワーファリンの効き目をなくすため、施術3日前からの入院となった。内視鏡検査をしたことがある人はご存知の通り、検査前には腸内を洗浄するために大量の下剤を飲む。おいらはこれがとても苦手だった。前回の入院で内視鏡検査を受けた時もあまりに気持ち悪くて途中で吐いてしまい、悲惨な思いをした。だから今回もそれをやることになると思うと、入院前から憂鬱で仕方がなかった。

 下剤は朝から飲む。ゆっくりと数時間かけて2L飲まなくてはいけない。ある程度飲むと下痢が始まってくる。今回はムーベンという下剤だった。前回はモビプレップという下剤で味がまずかった。酸っぱいようなしょっぱいような、唾液のような味だった。ムーベンはその点味はほとんどなかった。最初飲んだ時はこれならいける、と安心した。さらに飲みやすいよう氷を入れて冷やし、隠し味にレモン風味の炭酸水を少し混ぜた。これで風味も良くなった。しかしそんなおいらの抵抗をムーベンは屁ともおもわずはねつけて、おいらを痛めつけ始めた。2杯目を飲むときにはすでに吐き気をもようおしてきたのだ。4杯目を飲んだ時にはついに限界に達し、前回同様吐いてしまった。そのあとは、地獄だった。もし本当に地獄があるとすれば、そこにはムーベン地獄もあるだろう。死にたくても死ねずに苦しみながらムーベンを飲み続ける地獄。想像するだけで気が狂いそうになった。

 吐き気だけでなく、頭痛、悪寒、めまいも襲ってきた。ムーベンの説明書にはそれらの症状が出たら飲むのを中止するよう書いてあったが、医師や看護師に訴えてもゆっくりでいいから飲むように言われた。身の置き場のない気持ち悪さで、どうしたらいいかわからなかった。横になっても起きても何をしても気持ち悪かった。辛いよ。苦しいよ。心の中で泣き叫んでいた。吐き気どめの注射を2度打ってもらったが、改善しなかった。しかし、つわりや抗がん剤治療はこれと似た状態が数ヶ月続くのだから、たった1日で終わる下剤飲みなど全然楽な方である。おいらは実に苦しみに弱いのだ。

 最後は一気に流し込むなどして10杯ほど飲んだ。しかし全部飲むには12杯飲まなくてはいけず、便もまだ少し残渣物が残っていた。そのためその日の検査時間までに間に合わず、検査は翌日に持ち越された。夕方には比較的飲みやすい別の種類の下剤を飲んだ。そして、次の日は午前中に胃カメラ検査があり、その時に内視鏡から追加で下剤を注入してもらった。これでおいらがもう直接飲む必要がなく、なんとか便も透明な水溶物になった。

 午後に大腸検査が始まると、予想と違って眠るほど鎮静剤は効かなかった。そのため、施術中おいらはモニターで興味深くその様子を観察していた。お尻から内視鏡を入れられるのは痛みはほとんどなく、たまに曲がったところを通る時に腸が突っ張ると痛む程度だった。ポリープをとる作業も痛みもなかった。しかし、いつまでたっても施術は終わらなかった。ポリープが次々と見つかったのだ。結局20個のポリープを取り、5時間近くかかった。医者もこんなに多い人は初めてだと言っていた。去年の検査から一年半ほどで倍以上に増殖していた。一体おいらの体に何が起きたのだろうか。怪しい雲行きではあるが、細胞診断の結果幸い悪性ではなかった。

 ともかくなんとか切除術を終えたが、術後すぐに高熱と強烈な悪寒に襲われ、感染症が疑われた。すぐに細菌の培養試験が出されて、予防的に抗生剤の点滴投与が6時間ごとに行われた。術後も下痢のようなゴロゴロした感じが続き、お腹全体が痛かった。20箇所も切除して、5時間も腸内を引っ掻き回したのだから当然だろう。妻と子供が温めるといいよと、湯たんぽを持ってきてくれた。ここ数年、入院を繰り返して筋力が劣ったためかなり寒がりになってしまい重宝していたが、南の島に移住してからは温暖な気候のおかげで、利用する機会がなかった。湯たんぽには息子の手縫いの袋がついている。縫い目は荒く均等ではないが、ほどけることなく使えている。お湯を張った湯たんぽをその袋に入れ、お腹に当てていると、まだ幼さの残る息子の手が添えられているようで、ふっと気持ちが安堵し、ようやく安らかな眠りにつくことができた。