ある生物学者の不可思議な心臓

先天性心疾患をもつ生物学者が命についてつづるよ。

落ちるものは怖い。

先日入院していたある晩、激しい雨雲が流れてきた。スコールのような豪雨とともに、何度となく雷が落ちた。時には病院からすごい近くで落ちて、空気が裂ける音がした。病院全体もビリビリと震えた。おいらのベッドはちょうど窓際だったので、怖いもの見たさで雷を鑑賞していた。

 そんな時、病室の外にあるベランダの手すりに、一羽のヒヨドリがとまった。普段見かけるように、キョロキョロと首を動かしながら、しばらくそこにとどまっていた。その間何度も雷が落ちたが、ヒヨドリは全く動ずることなく、落ち着いていた。おいらは稲妻が光るたびに体をビクッとさせて反射的に耳に手を当てる始末だった。やがてヒヨドリは雷とは全く関係のない何かに興味を持ったのか、下の方へと飛んで行った。

 なぜ人は雷にこんなに怖がり、鳥は動じないのだろうか。これはなかなか生物学的に面白いテーマである。野生の鳥にとっては雷は日常的であり、慣れているのだろうか。特に彼らは上空で間近に感じる時すらあるだろうから、地上や建物の中にいる時なんて安全この上ないのかもしれない。人間は建物を作り、自然とは切り離された空間で生活するようになった。荒々しい自然の一面である雷は、人間にとって制御できない力であり、恐怖を感じるのかもしれない。

 人間の建物の中でも、病院は究極的に自然と隔離された空間と言えるかもしれない。一年中一定に保たれた温度湿度。消毒と薬品の匂いが充満し、生き物の匂いがない。それは自然界でありえない空間である。しかし人間は、鈍感なのか適応力が高いのか、そうした空間で何日も時には何ヶ月も生活できる。しかもわずか数日いるだけですっかり慣れてしまい、むしろそれが自然にすら感じてしまう。が、そうした鈍感さが仇となり、自らの身に起きている変化に気付かなくなってしまう。おいら自身がこれまで経験したように、長く入院していると体を動かさないために筋力や体力がどんどん落ちていくのだ。それは雷のように激しく光って落ちるものではないが、確実にすごい勢いで落ちていくものである。おいらは雷にビビっている暇があったら、自分の身に起きている激しい変化に恐怖を抱くべきだった。ヒヨドリはそんなおいらにももちろん動ずることなく、夜の雨の中を悠々と飛んでいった。