ある生物学者の不可思議な心臓

ある生物学者の不可思議な心臓

先天性心疾患をもつ生物学者が命について考える。

古傷

数々の手術、検査を繰り返してきたおいらの体には、たくさんの傷跡が残っている。一番大きいのは、胸にある開胸手術の手術痕で、胸の真ん中と右脇にT字のような配置でそれぞれ20cmほどのものがある。真ん中の傷は過去に3回開けており、3歳、12歳、39歳の時に開胸した。そのため、傷痕は場所によって大きく広がってケロイド化しており、さらに39歳の手術の際には、後日手術痕が化膿したために追加で切開し、喉元から鎖骨に沿ったあたりまで傷口が開いた。右わき腹にある手術痕は、8歳の時のものでブラックジャックの傷痕のように糸の痕も残っている。子供の頃の手術は糸で傷を縫い合わせていたので、抜糸が必要で、また傷もガーゼを当てていただけなので毎日消毒が必要だった。それらがものすごく痛かった。でも大人の時の手術では、傷の上に透明なフィルムを貼っていて糸の後もなく、消毒の必要もないので、その点楽だった。

 この他に溝落ちのあたりや肋骨の下あたりにドレーンの跡が合計10個近くある。左の腹にはペースメーカーを入れた傷痕が5cmほどあり、足の付け根の鼠蹊部には、カテーテルや人工心肺装置を入れた時の傷痕が無数にある。首筋にも臨時のペースメーカーを入れた跡がある。また腕には採血検査や点滴の注射でできた内出血の青あざが常に大きく広がっている。こうした傷痕は他の人から見れば、怖かったり痛々しかったり、かわいそうに見えたりするだろう。しかし、おいらにとっては歴戦をくぐり抜けた証であり、勲章なのだ。母も、他人がビビるだろうが黄門様の印籠のように見せればいいのだと言っていた。

 これらの傷痕に比べると特に小さくて目立たない傷が足首にある。5mmほどの切り傷で、今ではしわに紛れてはっきりしなくなってしまった。母に聞くと、この傷は3歳の手術の時に太い血管に点滴を入れるために切開した傷痕なのだそうだ。そう聞くと、3歳の時のおいらも頑張っていたなと思う。だから、小さいけれどこの傷がおいらには一番の勲章なのである。