ある生物学者の不可思議な心臓

先天性心疾患をもつ生物学者が命についてつづるよ。

すりすりりんご

たまには子供の頃の話をしよう。先天性心疾患を持って生まれると、激しい運動ができないとか、ちょっとしたことで息切れするとか日常の不便だけではなく、些細な病気にもなりやすい。だから子供の頃は、よく風邪などで学校を休むことが多かった。特に多かったのが偏頭痛で、強烈な痛みで朝目が覚めたりした。ズキズキと脈を打つように痛み、痛みのあまり吐き気ももよおした。実際何度も吐いた。吐くと少し痛みが和らぐので、むしろ意図的に吐いたりもした。何度も何度も胃がひっくり返りそうになる程吐くので、胃の中は空っぽになり、しまいに酸っぱい胃液が出てきたりした。

 13歳のフォンタン手術の後は、連日偏頭痛が襲った。フォンタン手術によって血行動態が変わり、体が順応できていなかったのかもしれない。ある時は痛みがあまりにひどいので、緊急外来に駆け込んだりもした。しかし、検査をしてみても別段異常なところは見当たらなかった。後日、手術をした外科医の外来の時に、術後の頭痛がひどいことを話すと、その外科医はものすごい剣幕で怒り出した。自分が完璧に手術したのに、具合が悪くなるはずがない。治る気がないのか。というようなことを言われた。母親は泣いていたが、当の本人のおいらはなんだかあまり事態を理解できておらずぽかんとしていた。昔はそんな感じで、医者が圧倒的に上の立場だった。

 おいらの両親は共働きだったので、おいらが偏頭痛とかで苦しんで学校を休む時でも仕事に出かけた。お昼にどちらかが帰ってくるときもあったが、お昼ご飯を用意しておき、そのまま夕方まで帰ってこない時もあった。本当は心配で気が気でなかったが心を鬼にして働きに行っていたそうだ。だから帰って来たら、おいらが布団の上で吐き散らかしてそのまま寝ていたりした時などは、相当心が痛んだそうである。でも、おいらは意外と一人になるのは楽しかった。一日中テレビが見放題になり、NHK教育テレビや家にあるビデオを見まくった。

 それでも親が帰ってくるのは嬉しかった。それは、ポカリスエットとか普段は買ってもらえないジュースを買ってきてくれたりするのもあるが、やはり親が優しくなるからだった。その象徴とも言えるものが、すりりんごである。りんごをわざわざおろし金で擦って、食べやすくしてくれたのだ。すりりんごは酸化して色が茶色になるし、りんごのシャキッとした歯ごたえも無くなるので、普通にかじる方がはるかに美味しい。でもおいらには、すりりんごがはるかに特別な食べ物だった。すりりんごを赤ん坊のようにぎこちなくはむはむ頬張ると、看病されているな、優しくされているなと実感して安心するのだった。