ある生物学者の不可思議な心臓

先天性心疾患をもつ生物学者が命についてつづるよ。

研究材料になる研究者

おいらの症例は、これまでに少なくとも2回医学系の学会で発表されているようだ。そのどちらも、フォンタン再手術を受けた病院の医師による発表である。研究のデータとして使う際には、事前に同意書の記入を求められる。おいらも研究者の端くれだから、おいらの情報が研究に活用されて未来に役立つのはとても嬉しいので、なんのためらいもなくサインした。

 一つは、今から4年半以上前においらが初めてその病院にかかった頃の状況を報告したものだ。子供の頃のAPCフォンタン手術後、20年以上通院せず定期的診察を怠った(ドロップアウトした)結果、不整脈、PLE等のフォンタン術後症候群を発症したことを報告していた。発表の結論では、定期的フォローアップの必要性を説いていた。実際、その病院の主治医の先生からは「あなたは診察に来るのが少し遅すぎた。」と言われてしまい、先生としてももっと早くきていればあるいは定期的診察をしていればと、無念の思いが強かったのだろう。2つ目は、その病院でTCPCconversionをした患者をまとめて発表しているものである。複数の患者のデータが混ざっているが、その中でもおいらは最も年齢が高く、1回目のフォンタンから再手術までの期間が最も長く、唯一PLEを発症している患者だった。また、術前の病状が悪く治療に難渋し、入院期間も一番長かった。術後には手術創から菌が感染して縦隔炎を発症し、抗生剤投与や膿を吸い出す治療を続ける羽目になった。この病院の中でも、極めて特殊で難しい症例だったことがうかがえる。

 その病院は、本来子供専門の病院なので、こんな大人の病状が悪い患者を見るのはさぞ大変であったろう。しかし、その病院の主治医の先生は、初めておいらを診察した時からおいらを引き受ける覚悟をしてくれているようであり、「(病状は深刻だが)私は最後まで諦めない」と強く言ってくれたことがとてもありがたかった。だから、おいら自身も覚悟を決めて今後の治療を受けようという気になったのだ。子供の頃の経験で、手術や入院は死ぬほど嫌だったが、この病院ならなんだか乗り越えられそうな気がした。そうして4年間お世話になり、おいらは生き延びた。

 それだけに、おいらの症例がこの病院の研究成果になることは、おいら自身大変嬉しいことだ。命を救ってくれた恩返しにはならないかもしれないが、今度はおいら自身が研究成果を発表する番である。つい最近、約1年半ぶりに論文を発表することができた。昨年の地獄入院の頃から書き続けていたものだ。研究材料になり、研究成果となり、そして自らの研究成果を発表する。そうして、世界の科学が少しずつ進んでいく。今後も命ある限り、研究成果を発表していきたい。でも、また研究材料として貢献するかもしれないな。