ある生物学者の不可思議な心臓

ある生物学者の不可思議な心臓

先天性心疾患をもつ生物学者が命について考える。

フォンタンの暗黒面

おいらはまだフォンタンマスターへの修行が足りないようだ。初めて聞いた方のために、フォンタンマスターとは何か改めて説明すると、フォンタン循環を持ちながら、その体に最適な生活スタイルを会得して、長期間入院などをせずに体調を安定できる達人のことである。最もらしく説明したが、特に世の中に知れ渡った用語ではなく、スターウォーズジェダイマスターをパクっておいらが勝手に名付けただけである。

 ともかく、そのフォンタンマスターになるためには、体内の水分コントロールが最重要であることは先日書いたが、おいらはこの数週間それがうまくできずにいる。なぜか水分が徐々にたまり、いっときは安定時より3kg近く体重が増えてしまった。不思議なことに明らかに足や顔がむくむことは無かったため、逆にそれが判断を難しくした。浮腫みは無いにしても、水分が溜まると、顕著に体調が悪くなっていった。特にひどいのは夜中から朝にかけてである。寝ていると、夜中に息苦しくて目が覚めてしまう。しばらく体を起こしていたり、上半身を高くすると少し楽になる。心不全の人に多く見られる起坐呼吸という症状のようだ。横になっていると上半身に戻る血液量が増えて、肺がうっ血してしまい呼吸困難になるそうだ。体内の水分が多いほど、なおさら肺がうっ血しやすいのだろう。

 これがなかなか意外なほど苦しい。溺れているような苦しさになるときもある。空気を吸ってもうまく肺に取り込まれないのだ。息苦しいとなぜか水を飲みたくなり、そしてさらに水分が増えてしまう。息苦しさ以外にも、頭痛やだるさ、脱力感、暑いような寒いような温度わからなくなる感覚などが午前中にかけて続く。お昼を過ぎる頃にようやくこれらの症状が落ち着いてくる。体調が落ち着いたと思うと夕方には疲れが出始め、夕食後はすぐに横になりたくなる。そしてまた、夜中に目が覚める。ここ数週間、その繰り返しである。

 これまでの経験上特に不可解なのは、体内の水分が増えるほどより喉が乾く気がするのだ。なぜだかはわからない。でもそのせいで、体内の水分が多いほどより水を飲んでしまうという悪循環に陥るのだ。一度この悪循環にはまると、暗黒面に引き込まれたジェダイのように脱するのが極めて難しい。過去には、そのまま暗黒面に堕ちて入院する羽目になったこともある。しかし、何かのきっかけで急に利尿剤が効き始め、改善するときがある。なにが原因で水が溜まり始め、利尿剤がよく効くようになるのかは、まるで予想できない。今日は利尿剤がよく効いてだいぶ水が抜けた。でもその分気を許してたくさん飲んでしまった。己の欲に負け、ダークサイドに引き込まれるおいらは、フォンタンマスターからはまだ程遠いようだ。