ある生物学者の不可思議な心臓

先天性心疾患をもつ生物学者が命についてつづるよ。

完璧主義の心臓

人類史において、長らく生物は神が創造した奇跡の産物と考えられていた。生物の存在や構造は人類の理解を完全に超越しており、全知全能の神による創造無くしては生物の存在を説明できなかった。むしろ、生物の存在が神の実存を立証しているとすら見なされた。それほどまでに生物は奥深く、謎めいた存在であった。

 1859年にチャールズ・ダーウィンが「種の起源」という著書で自然選択説を提唱したことにより、生物を理解する決定的な道筋が開けた。最初の生命の起源は不明ながらも、ある生物が別の生物を生み出し、それが積み重なって現在見られる膨大な生物種が生み出された過程が説明できるようになったのだ。それから160年近く経った現在では、DNAをはじめとして生命現象のあらゆる部分が超詳細に解明され、神の存在を持ち出さなくても生物の多くを語れるようになった。だがそれでも、神への信仰心が厚い生物学者は少なくない。生命のことを深く知れば知るほど、その完璧さ、美しさに、神の創造を感じずにはいられないのだ。

 おいら自身は無信仰の人間ではあるが、やはり生物には言葉に表せられない神秘性を感じてしまう。幸か不幸か、先天性心疾患を持って生まれたことで、身をもって心臓の神秘性を感じることができた。心臓は、他の臓器に比べれば構造的も機能的にもかなり単純である。筋肉の塊であり、主たる機能は拍動して血液を送り出すことだけだ。肝臓のように、様々な物質を分解したり合成したりはしない。免疫細胞のように、異物を正確に識別し攻撃することもない。だがその単純さとは裏腹に、生命維持に必須の役割を果たし、その役割をあらゆる状況においても維持する能力を備えている。心臓は、機能性と合理性を究極的に追求した完璧主義の臓器であり、それゆえにその完璧さを失ったときの生命への影響は極めて大きい。

 先天性心疾患もまた神による創造なのだろうか。それとも単に偶然の帰着としてできた病気なのか。おいら自身はいずれもそうは思わない。むしろ神にも創造できず、生物が完璧な心臓を創造したからこその避けらない産物であり、もしかすると意図的に作り出した創造物ではないかとすら感じるのだ。いや〜、生物って本当に不可思議ですね。