ある生物学者の不可思議な心臓

ある生物学者の不可思議な心臓

先天性心疾患をもつ生物学者が命について考える。

サードインパクト

世の中には第3とつくものが多い。第3世界、第3帝国といった世界の国々を分ける用語から、第3類医薬品、第3のビール、第3世代の〇〇(CPU、携帯電話など)などの商品や技術に関することにもよく使われる。とはいえ、3番目だったら闇雲に使われているわけではなく、第3と呼ぶからには3であることを強調するような意図があり、例えば第1と第2の主流にカテゴリーできないものであったり、あるいはまだこの世に存在しない理想であったり、誕生したばかりの新型のものであったりする。つまり、すごく簡単に言ってしまうと、どこか不安と期待の入り混じった未知の存在というわけである。昔から人々は3という番号に、不安と期待を感じていたようだ。「2度あることは3度ある」は不安の表れであり、「3度目の正直」は期待の表れとも取れる。ちなみに、不安と期待がこもった手術室やICUがあるのも、第3フロアである場合が多い(少なくてもおいらがこれまでに入院した病院は皆そうだった)。

 そんなおいらにも、期待はなく不安だけがつのる第3の闘病時代が訪れる兆候が出てきた。先週の診察で心房粗動を起こしていることがわかったのだ。すぐに緊急入院して電気ショックを受けることになった。電気ショックを受けた後は無事不整脈が止まり、心臓的にも身体的にも楽になったが、精神的不安は取り除かれなかった。その後の診察記録などから心房細動は9月初め頃から起こしており、実際おいらもこのひと月ほど心拍数が100ほどでずっと早い気がして気になっていた。そのため、何度か医者にその症状も伝えたりもしていたが、残念なことに見過ごされてしまった。先日の診察では心電図を改めて取り、ようやく発覚したのだった。

 不整脈が起こると心臓の機能が低下し、いわゆる心不全状態になる。この一ヶ月、血中タンパクが下がり続けた原因は不整脈だった。不整脈が生じると、血行動態が悪くなり他の臓器も機能低下を起こしてしまう。PLEは消化管のうっ血と機能低下が原因で、尿が出にくくなったのも腎臓に血が回らなくなったことが原因であり、最近足がよくつるのも足の血流が悪いためであった。一連の症状は全て不整脈に起因していたのだ。今回発症した心房粗動は、不整脈の中では比較的軽度ですぐ生命に関わるものではないが、それでも長く続けばこれほどの症状が目に見えて現れてしまう。今回は無事止まった。でもおいらが不安なのは、過去の経験から、不整脈がいずれなんども再発してやがて止まらなくなる可能性があることだ。

 5年前、フォンタン術後症候群の発症により、おいらの第2の闘病時代が始まった。その頃のおいらも、不整脈に散々苦しめられていた。それは日に日に悪くなり、しまいには毎日何度も出るようになった。そのため、2年間で電気ショックを5回、アブレーションを4回受けたがそれでも止まらなくなり、最後はフォンタン再手術(TCPC conversion)とメイズ手術、ペースメーカー埋め込みというこれ以上にない最終手段を使って、なんとか不整脈を鎮めることができた。その後3年間不整脈は発生しなかった。

 世界が秩序と平和を重んじる限り、第3次世界大戦は起こらない。おいらの心臓くんも不整脈という暴走をせず、安定した秩序で動き続けていれば、第3闘病時代は訪れない。第2次世界大戦では原爆という地獄が、おいらの第2闘病時代は消化管出血という地獄入院が最後に待っていた。もし第3次世界大戦が起きた時には終末核戦争が、おいらの第3闘病時代が起きた時は、いかなる手術や医療処置も通じない終末状態になるのは避けれられないだろう。世界とおいらの終わりである。でも、おいらはどちらの第3も絶対に起こらないと期待している。いや、期待どころか確信している。なぜなら、どちらも第1と第2の経験から学べば、確実に未然に防ぐことができるからだ。