ある生物学者の不可思議な心臓

ある生物学者の不可思議な心臓

先天性心疾患をもつ生物学者が命について考える。

至福のひととき

今おいらの幸せな時間は、飲み物を飲むときである。数年前から水分制限のために慢性的に口渇感がひどく、水分を口に含ませるのがとても心地よいのだ。口が渇く原因ははっきりとしないが、多種の利尿剤を飲んでいるせいなのか、ともかく唾液がでにくい。かといって腹水やむくみが悪化したりするので、水をがぶがぶ飲むわけにはいかない。そこで、しょっちゅう口をゆすいだりするのだが、うがいするとなぜかその後余計口が渇く。そんなわけで、頭の中はいつも何か飲みたい飲みたいという気持ちでいっぱいである。

 街に出れば、自動販売機など飲み物をつい目で追ってしまう。人が何か飲んでいるのを見るとうらやましくて仕方がない。レストランに入れば、すぐ水に口をつけてしまう。口渇感がなかった頃の感覚がもう思い出せない。家族や周囲の人を見ても、そんなに喉が渇いていたり、あまり水分をとっているようには見えないが、なぜそんなに喉が渇かないのかと不思議でならない。だから、たまに喉が渇いたとがぶがぶ飲んでいる人を見ると妙に安心してしまう。そうだよね、のど渇くよね、がぶがぶ飲みたいよねと、共感する。唾液がでるようにと、アメやガムを食べたりしたときもあったが、食べている最中はいいものの、終わるとさらに強烈に口が渇いてしまい後悔する。ただでさえ少ない唾液を出し切ってしまい、全くでなくなってしまったかのようだ。こんなに口が渇くのは、気持ちの問題もあるだろう。かつて水分を気にせずとれるときは、特にがぶがぶ飲みたいという欲求はなかった。飲んではいけないという我慢が、かえって禁断症状となりがぶ飲み欲を強めているかもしれない。

 水分をとりすぎないためにも、少量をこまめにとるのが本当は良いのだろうがそれではまったく満たされない。そんなわけで、ペットボトル500mlを一気飲みするのがおいらの夢である。特に飲みたいのは炭酸飲料。最近は炭酸ブームのようで、多様な炭酸飲料がスーパーなどに陳列されていて、おいらを誘惑する。あれもこれも飲みたくて仕方がないが、我慢しなくてはいけない。しかしあれだけ誘惑されるともう我慢の限界で、ついに無糖の炭酸水に手を出すようになった。

 本当は500mlをがぶ飲みしたいところだが、一度に飲む量を200か多くて300mlでとめている。でもそれでも十分炭酸飲料を堪能できる。大量に飲むと炭酸ガスがゲップででて、鼻がツーンとするがそれが何とも気持ちいい。げふげふとゲップがでるのが楽しすぎる。あーおいしいな、幸せだなーと心の中で叫んでしまう。200か300くらい飲むと流石に唾液もじゅわじゅわとでるようになり、しばらく口の渇きがおさまる。それがまた中毒になる。もっともっと飲みたいと禁断症状がでてしまう。

 無糖の炭酸水にしているのは、健康面もあるが罪悪感を減らしたいという気持ちが大きい。甘い炭酸飲料をがぶ飲みして体調を崩しては言い訳のしようがないが、無糖の炭酸水なら水と一緒だしまだましかななんて思ってしまう。何種類かの炭酸水を試したが、おいらが一番気に入っているのはサントリー天然水スパークリングレモン味。炭酸が強く、ゲップもいい感じにでる。レモンの香りもよく、無糖なのになんだか甘みを感じることができる。ネットを見ると、同じのを気に入って箱買いしている人もいるようで、その人は一日に2本も3本も飲んでいるようだ。うらやましすぎる。おいらは500mlを二日くらいに分けて飲んでいるのに。いいな、いいな、とついに我慢の限界が来てこの間一日で500ml飲んでしまった。最高に幸せな一日だった。でもそのつけは当然あり、腹水が悪化して体重が増えてしまうのだった。

 おいらのもう一つのがぶ飲みタイムは、職場で休憩がてらにとるティータイムである。炭酸飲料と同じくらい紅茶にはまっていて、アツアツの紅茶をごくごくと飲むと、たまらなく幸せになる。おいらはとくにフルーツのフレーバーがついた紅茶が好きで、海外の紅茶メーカーからでているフレーバーティーのティーバッグがめちゃ美味しい。紅茶も200mlを一度に飲むが、このくらいなら腹水もわるくならないので罪悪感無く楽しめる。また、熱いので一気飲みできず、紅茶の香りをかぎながら長く味わうことができる。この一杯を飲むだけで、今日は幸せな日だったなと思うことができる。安い人生だな。

 さあ、そろそろティータイムだよ。今日もがぶがぶ飲んで幸せな一日にしよう。