ある生物学者の不可思議な心臓

ある生物学者の不可思議な心臓

先天性心疾患をもつ生物学者が命について考える。

生きるための装備

年末年始は内地へ帰省した。帰省先は雪が降っており、寒さが耐えられるかとても不安だった。南の島に来る前は、毎年冬の寒さに耐えられず体調を崩して入院していたからだ。せっかく、南の島でこれまで安定してきたのに、帰省して体調を悪くしては元も子もない。おいらが体調を崩して入院してしまったら、最悪息子のスキー留学すらおじゃんになる危険すらある。そしたら、生涯頭が上がらない。

 そんなわけで、冬山に行くかのごとく徹底した防寒具を揃えることにした。そんなおいらを狙い撃ちするように、ユニクロヒートテックのさらに上をいく極暖ヒートテックなる商品のセールを始めていた。しかも、もう一段階レベルアップした超極暖なる商品まで揃えていた。おいらはそれらと裏側がモコモコのボアスウェットパンツを買い込み、靴下はモンベルアルパイン仕様の分厚い物を買った。さらに、寝ているときに冷えるのが一番問題なので、氷点下でも快適に過ごせるというモンベルのダウンの寝袋も買ってしまった。これだけ買うと、一回旅行に行けるくらいの金額になってしまったが、入院したら給料がもらえず収入がなくなってしまうことを考えたら、保険としては妥当なところである。

 徹底した装備の甲斐があって、帰省先では快適に過ごすことができた。しかし、意外なところで冷たさを感じることになった。公共交通機関を使うときは、大概障害者手帳を提示して割引してもらう。が、おいらが一人で乗った電車では割引が効かなかった。その電車では、付き添いがいない場合は割引が効かないそうなのだ。確かに、介護が必要でない障害者には、障害割引をする必要はないというのは一理ある。しかし、障害者は心身が不自由であるということだけでなく、それによって経済的にも貧しい場合が多い。医療費や介護費がかかったり、しっかりとした職に就けなかったりするからだ。それにおいらの防寒対策のように、ちょっとしたことに出費がかさむ事も多い。障害割引にはそれらに対する経済的支援の意味合いもあるだろう。幸いおいらは、現在は安定した収入を得て経済的にも困っていない。でもそれは今現在の話であり、これが10年先まで続く可能性は健常者に比べるとはるかに低い。おいらには、長く働ける保証はないのだ。だから、生命保険にも入れないし、終身雇用の職にもなかなかありつけない。

 障害者の方の中には、特に収入を得られている時には、手帳を示して割引してもらうことを後ろめたく思う方もいるだろう。実際おいらも、上記の割引を断られた時などは、罪悪感を感じてしまった。でも、本当は堂々と利用していいのだ。もしかすると、他人から非難されることもあるかもしれない。中には、障害者と健常者の平等を求めるなら、こうした割引も廃止すべきだという意見もある。だが、それは本末転倒で、障害割引は障害者と健常者が平等になるために必要なものなのだ。もし、こうした割引制度がなければ障害者は社会で生きていくことがますます厳しくなる。障害割引は、心からありがたい制度である。当然の権利とは思わないが、雪山で生きるための防寒具のごとく、社会で生きるための装備だと思う。

 再び南の島に戻ると、想像以上に暑かった。世間の冷たい風に当たったせいなのか、帰省先の寒い環境に慣れたせいなのかはわからないが、島の蒸し蒸しとする暑さが新鮮だった。空港から家の近くまでは、高速バスを使って帰った。上記のこともあり、手帳の提示に不安があったが、いざ提示すると運転士さんは快く割引してくれた。それどころか、通常は半額割引なのに、端数も切って70円多く割り引いてくれたのだ。なんだかおいらが帰ってきたことを、温かく迎えてくれているようで嬉しかった。帰省先の温泉より温かみを感じる瞬間だった。この島の暑さは、人々の温かさが生み出しているように思えた。