ある生物学者の不可思議な心臓

ある生物学者の不可思議な心臓

先天性心疾患をもつ生物学者が命について考える。

恐怖の支配

凄まじい虐待事件が起きた。虐待という言葉ではもはや軽すぎで、拷問や殺人と言うべき事件であった。事件の詳細が明らかになるにつれ、あまりの惨状に多くの人がそれ以上聞くことが耐えられないほどであった。虐待を受けた少女の心境を想像することは難しい。おいらが想像するに、恐怖で完全に支配された気持ちだったのではないかと思う。

 恐怖は、人間を無力化する力を秘めている。しかし一方でわずかでも希望があれば、恐怖に打ち勝つ力が人間にはある。例えば恐怖から逃げ出す手段だったり、手助けしてくれる人々だったりといった希望だ。しかし、完全に孤立無援となり、一切の希望が絶たれた時、人は恐怖に抵抗する気力を失っていく。恐怖と絶望が一体となった時、人間は無抵抗に恐怖に支配されてしまう。

 おいらの恐怖体験は、やはり闘病に関わることが多い。子供の頃手術や入院をすることはとてつもない恐怖だった。親から入院の予定が告げられた日には、頭が真っ白になりなにも手がつけられなくなった。あらゆることに対し、気力を失いかけた。それでも乗り越えられたのは、家族の支えがあり、手術によってより元気になるという希望があったからだ。2年前の地獄入院の時は、危うく恐怖と絶望の沼に沈みかけた。一時期は死を望み、生きている方が苦しかった。がその時も家族という希望が救ってくれた。

 もしあなたの周りに恐怖を感じている人がいたならば、ただそっとその人の側にいてくれるだけでいい。きっとあなたの存在は、その人の希望になるはずだ。