ある生物学者の不可思議な心臓

ある生物学者の不可思議な心臓

先天性心疾患をもつ生物学者が命について考える。

常備携帯セット

先日の豪雨では、西日本全域に甚大な被害をもたらした。今尚犠牲者の数が増え続けており、一刻も早い救出と復旧をお祈りしたい。このような大災害に見舞われた時、おいらのような持病を持つ人々にとって最も深刻なのは、薬の確保であろう。仮に水や食料や避難場所が確保できたとしても、薬がなければわずか1日で急激に体調が悪化する危険がある。おいらの場合は、全ての薬を止めたら一体何が起こるのかわからないが、まず利尿剤がないことで一気にむくみ始めて、ステロイド剤が切れれば離脱症でだるさや寒気、腹痛などに見舞われて、消化管に炎症反応が起こりタンパクが漏れるだろう。ワーファリンなどの抗凝固剤が切れれば、血栓ができて心筋梗塞などが発生する可能性も高い。抗不整脈剤がなくなれば、不整脈が再発するかもしれない。一度それらの症状が出てしまうと、再び薬が飲めるようになっても回復は難しくなる。

 災害時にいち早く確実に必要な薬を手に入れられるようにするためには、お薬手帳を携帯していることが非常に重要なようだ。主治医以外の医師が診断しても、カルテがなければすぐに何が必要かはなかなかわからない。お薬手帳があれば、毎日飲んでいる薬が書かれているので、とりあえずその薬を処方すればなんとかなる。  災害時を意識しているわけではないが、おいらは常にお薬手帳を携帯している。肩掛けの小さなカバンに、財布や鍵などと一緒に入れて、どこに行くにも持ち歩いているのだ。他にも障害者手帳や各病院の診察券、保険証、指定難病等の受給者証等、医療関係の重要書類が全て収められている。絆創膏やアルコール綿など応急処置用品もある。おいらの命綱とも言えるようなものが詰まっているのだ。

 それだけ色々入ると、一つ一つは小さくてもそれなりにかさばって重い。だからちょっとでも軽量化しようと、小さなゴミクズも丹念に取り除いてしまう。病気と関係のないお店のポイントカードとかもなるべく持たない。それでもなんだか重たいから、医療関係書類の中では普段あまり使わないペースメーカー手帳は家に置いたままにしていた。しかし、先日の診察でもそうだったが急にペースメーカーチェックをすることがあり、手帳を携帯していなくて困ったことが度々ある。3月の急性心筋梗塞の時もペースメーカー手帳がなくて、治療がすぐに始められない事態になった。そんなわけで、今月からペースメーカー手帳も肩掛けカバンに常備されることになった。またさらに重くなってしまったが、この重みはおいらの命を守る重みなのである。容量オーバーで膨らんだカバンは、まるでおいらの肥大化した心臓を象徴するようであり、重くてかさばって邪魔なのに腕に抱えているとなぜか安心するのだった。