ある生物学者の不可思議な心臓

先天性心疾患をもつ生物学者が命についてつづるよ。

はじける夢

 この一ヶ月は心身ともに苦しい時期だった。血中の総タンパク、アルブミン免疫グロブリン(IgG)の値がいずれも入院レベルに下がり、タンパク漏出性胃腸症の再発が強く疑われていた。プレドニンを6mgから8mg、12mgへとどんどん上げていき、ハイゼントラを打つ回数も増やした。しかし、それでも一向に改善しなかった。

 今までだったらこのレベルに達していたら入院するか、せめて仕事などの活動を控えめにして自宅療養するかしていた。でもどうしても休んではいられない事情があった。おいらの人生を決定づけるかもしれない正規の大学教員職採用の面接に呼ばれたのだ。面接は、自分の研究内容をプレゼンし、模擬授業も行う必要があるため、その準備にかなりの時間がかかった。平日の夜や土日に準備を進めたが、疲れてできない日も多く気持ちばかりが焦っていった。焦りはストレスとなって体に跳ね返り、夜も眠れなくなったり、体のあちこちがやたらとつるようになった。タンパクの低下もそうした心身の疲労が一因かもしれなかった。

 面接の場所は、おいらの住む南の島から遠く離れた内地のため、飛行機、新幹線、バスを乗り継いで行く必要があった。長旅は、不調の体にはあまりにも酷だった。少しでも楽に行こうと、わずか1時間の面接のために、ゆとりを持って往路・復路それぞれに丸一日をあて、2泊3日の旅程にした。今までだったら旅先でグルメやスイーツを貪ってしまうところだが、それでお腹を壊して体調を悪化させては元も子もないので、それも我慢してなるべく消化の良い食べ物を少量ずつ食べるように心がけた。それでも道中は疲れ切ってしまい、ホテルに着くとぐったりとして面接の練習もあまりできなかった。

 面接が終わった。面接の結果は後日知らされるため、現時点ではまだわからない。しかしおいらの感触では、まるでダメだった。プレゼンや模擬授業の準備不足や練習不足は否めなかったし、その後の質疑応答もうまく答えられずしどろもどろになった。面接官の顔からも失望感が浮かんでくるのが感じられた。体を酷使して面接に備え、妥協せず力を出し切ったとは思えるが、だからといって達成感はなかった。むしろ自分の限界が見えて哀しみが残った。

 唯一の救いは病気のことを話せたことだ。正直に言うと当初は話すつもりはなかった。やはり病気は採用に不利に働く可能性が高いからだ。しかし面接の会話の流れで、結果として病気を持っていることを説明する状況になった。病気を話したことでさらに評価は下がったかもしれない。先方は、野外での活動を積極的にやってくれる人を求めているようだった。でも、病気はおいらにとって極めて重要な要素なのだ。それを話さずにいることはおいら自身を偽っていることになってしまう。もし話さずに採用された場合、後々双方に後悔が生じる可能性もある。面接は散々だったけど、正直になれたことはなんだか清々しかった。

 正直の清々しさに取り憑かれたおいらは、これまで抑えていた欲望にも正直となり、面接会場を出ると近くにあった自動販売機で即コーラを買ってがぶ飲みした。正直と炭酸が合わさって清々しさが一瞬勢いよく溢れ出し、その後すぐに泡のように弾けて消えていった。その泡の一つにおいらの夢も入っているのかな。