ある生物学者の不可思議な心臓

ある生物学者の不可思議な心臓

先天性心疾患をもつ生物学者が命について考える。

ラップを貼り付けた白樺のような足

おいらの身体の中で、一番人に見られたくない部分は足のスネである。胸の手術痕は、おいらにとっての勲章であり、できれば見せびらかしたいぐらいだ。身体中に常に無数にある内出血痕は、他人が見ると不気味がられるが、おいら自身は全然気にならない。いわゆる恥部も、入院で散々見せてきたのでもはや恥ずかしくなくなった。以前職場で女性職員の方に、なんなら見せましょうかとセクハラまがいのことを言ったら、当然ながら引かれてしまった。

 ではスネがなぜ見られたくないかというと、一言で言うとあまりに痛々しいからである。まず肉がほとんどなく湯葉のような薄い皮膚の膜が骨に張り付いているだけのようになっている。だから触るととても硬く、スネの中心に縦に骨が浮き出ているため、刃物のように尖っている。スネの表面はツルツル光っているが、決して綺麗なわけではない。むしろ、あちこちの皮膚がひび割れて剥がれかかったボロボロの状態である。肌の色はスネのあたりだけが黒ずみ、一見するとそこだけ日焼けでもしたかのように目立つ。こういう状態の肌は、ビニール肌だとか皮脂枯れ肌と言うそうで、極度の乾燥によって起きた肌の病気なのだそうだ。ツルツル光って見えるのはキメがなくなったためで、皮膚が張って凹凸がなくなってしまったからだ。ここまで異様な点が集まると、もはや生きている肉体には見えず、いつか皮膚が破れて剥がれ落ち、骨がむき出しになってしまうのではないかと、恐怖すら感じている。

 こうなったきっかけは、3年前の地獄入院だった。その頃のおいらは蛋白漏出性胃腸症によって全身が極端にむくんでいた。特に足がひどく、見た目がクリームパンのように破裂しそうなほどだった。そこに地獄入院が追い打ちをかけ、筋力が著しく低下したためにますますひどい状態になった。もはやむくみすぎて足の血流が滞り、足全体が壊死しそうなほど紫色になっていった。そのため入院中には、エアーマッサージ機を病院から借りて、毎晩寝ている間足に巻きつけて足を絞り続けていた。それでもむくみは解消されなかった。

 その後、地獄入院からなんとか脱し蛋白漏出性胃腸症が落ち着いてくると、全身に溜まった水が抜け始めてむくみが引いてきた。そのままちょうどいいところで安定してくれればいいのだが、水は止まらず抜け続けた。水が抜け切った後のおいらの足は、骨と皮だけになっていた。

 こんな異様な様相なのに、最近息子がスネに興味を示してくる。おいらが横になっていると、スネに顔を近づけてひび割れた皮膚をペリペリと剥がそうする。なぜだか剥がすのが面白いらしい。変わったやつだと不思議に思っていたらようやくその謎が解けた。以前おいら一家は、シラカバがたくさん自生する地域に住んでいた。シラカバの樹皮はとても剥がれやすいため、息子はよくシラカバの樹皮を剥がして遊んでいたのだ。でも樹皮を剥がしすぎたら木が枯れてしまう危険があるため、いつもやめさせていた。きっとそのころの欲求不満がおいらのスネを見て蘇ったのだろう。

 おいらのスネもまた際限なく皮膚を剥がされてしまったら、枯れてしまいかねない。仕方ないので、小さくちぎったラップを見分けがつかないようにスネに貼り付けて、ラップを剥がして遊んでもらうことにした。