ある生物学者の不可思議な心臓

ある生物学者の不可思議な心臓

先天性心疾患をもつ生物学者が命についてつづるよ。

超高価な薬を自己負担なく飲んでいることの説明責任

明日は、2週に一度のハイゼントラ在宅点滴の日。以前のように、点滴を打ちながらライブでブログ記事を書こうと思っていた。前回は、点滴を打っている1時間内に書ききれなかったので、明日の記事はある程度ストーリーも思い描き、記事のタイトルも「ハイゼントラ vs サムスカ」と決めていた。なかなか面白い話になりそうだなと自分でも楽しみにしていたのだが、なんだか急にそんなふざけた話を書く気分でなくなってしまった。今は、怒りと苛立ち、愚かさや情けなさも混ざった、とてつもなくモヤモヤした気分に包まれてしまっていた。というわけで、「ハイゼントラ vs サムスカ」は気分がすっきりした時にまた書くとして、今回はモヤモヤ気分の原因となった「税金」についてお話ししたい。

 以前にも何度か書いたが、おいらはとんでもない税金食い虫である。自分が払った税金の何倍、いや何十倍もこれまでに消費している。薬だけで毎日1万円近くかかっており、それに検査代、診察代、入院費、手術代などをあわせれば、これまでの人生で億単位の医療費をおいらは消費してきた。そしてその大半は医療費受給制度のおかげで、おいら自身が負担することなく税金によって支出されている。例えば、最初に書こうとしたハイゼントラとサムスカは特に薬価の高い薬品である。ハイゼントラは1瓶約33000円、サムスカは一錠1300円(7.5mg錠の場合)。おいらはハイゼントラを月に2〜3本、サムスカは毎日3錠使っている。この2種類の薬だけで月20万円以上の恐ろしい金額がかかってしまうのだ。だから、正直罪悪感を感じてしまう時がある。それが理由ではないが、先月からそのサムスカを一錠減らすことになった。おかげで気持ちは少し軽くなったかもしれないが、利尿効果が弱まり水分が溜まって体重は重くなった。

 高価な薬を飲んでいるからと、本来罪悪感を感じる必要はない。でも気持ちがネガティブな時には、高価な薬を飲み続けてまでおいらには生きる価値があるのだろうかとすら考えてしまったりもする。理屈では、そんな考えは完全に間違っているとわかっている。人の命や価値は、金額で評価できるものではない。そう思っているのに、心の奥底では金額で自分自身を評価してしまっていることが愚かで情けなかった。では、人は何で評価すれば良いのだろうか。そもそも人を何かで評価すること自体間違っていないだろうか。世の中に貢献した人は評価されるべきだろうか。ではおいらは何かに貢献しただろうか。そんなことを考えるとまたさらにネガティブな気分のループにはまっていくのだった。

 そんな時、テレビやネットを見ていると、世の中に貢献した「功労者」と呼ばれる人々を、湯水のようにじゃぶじゃぶ税金を使って接待している権力者の姿が映ってきた。そうかぁ。おいらにも税金がじゃぶじゃぶ使われているから、何かわからないけどおいらも世の中に貢献した「功労者」なんだな。そう考えたら、さっきまで感じていたモヤモヤ気分が少しスッキリしたぞ。よーし。明日からサムスカやハイゼントラを飲めや打たれやの大宴会だ。と、虚しい皮肉をつぶやいたところで、全然スッキリしないどころか、ますますモヤモヤしてくるよ。誰かおいらをすっきりさせておくれ。