ある生物学者の不可思議な心臓

ある生物学者の不可思議な心臓

先天性心疾患をもつ生物学者が命について考える。

もしもフォンタン患者が中華料理人になったら

すでに何度もお話ししたが、おいらはフォンタン術後症候群によって、様々な食事制限がかかっている。水分制限や塩分制限は当然ながら、脂肪や辛味も制限が必要である。これらのどれか一つでも怠って制限なく摂取すると、ほぼ確実に浮腫んだり息苦しくなったり蛋白漏出性胃腸症(PLE)が悪化したりする。特に危険なのは脂肪で、以前クリームとチョコとバターをたっぷり使ったドーナツを食べたら、その後1か月入院する羽目になった。そんなわけで、脂肪を特に気をつけた食生活を送っている。

 しかしながら、塩分と脂肪分は料理を美味しくする最も重要な要素である。日本料理が得意とする「うま味」は、塩分や脂肪分とは違った美味しさの要素ではあるが、塩と脂肪が加わらなければ、どこか物足りなさが否めない。腕のいい料理人であれば、出汁だけでも極上の味を引き出せるのかもしれない。しかし、それには熟練の技が必要であり、素人が簡単に到達できるものではない。その点、塩と脂肪ははるかに簡単に美味しさを得ることができる。白ご飯に塩を振りかけただけでも美味しいし、キュウリやキャベツにごま油と醤油を和えれば立派なおつまみになる。塩と脂肪は、人間にとって非常にわかりやすい美味しさの要素なのである。

 そんなわけで、外食の料理の多くは塩と脂肪が大量に使われている。中華料理、イタリア料理、ファストフードなどは、一見水分の汁かと見間違うほど油まみれのものもあったりする。当然おいらはそんな料理を食べることはできない。食べればその代償は避けられず、確実に胃腸の調子が悪くなってしまう。でも本当は、おいらも油まみれの味の濃い料理が食べたい。特に中華料理が好きで、ラーメンの汁を最後まで飲み干したり、赤く染まった油膜がびったりはった麻婆豆腐を一皿全部食べてみたいのだ。でも一番好きなのは天津飯天津飯、ラーメン、餃子のセットとか食べれたら幸せの頂点に達しそうである。

 その願いを叶えられる唯一の方法がある。おいら自身がフォンタン患者でも安心して美味しく食べられる低塩分、低脂肪の中華料理を作ることだ。もちろんそれは、女性が喜ぶ野菜多めのヘルシー系の類ではなく、おっさんが好きな王道のコテコテ中華料理である。味も香りもうま味も通常の調理法のものと一切遜色のなく、健常者が食べても十分美味しい料理。材料も同じ。さらに言えば、添加物や化学調味料を使わず、食べた後も味がいつまでも口の中にしつこく残らず、水をたくさん飲まなくて済む料理。果たしてそんな料理は実現可能なのだろうか。これはもしかすると、過去に前例のない唯一無二の中華料理になるかもしれない。なんてチャレンジングな夢なんだ。

 最近、研究職の夢に絶望を感じ諦めかけている。このまま研究職の夢を追い続けるのか、今の職の任期が切れたら料理人になる夢に賭けるのか、真面目に悩み始めている。