ある生物学者の不可思議な心臓

ある生物学者の不可思議な心臓

先天性心疾患をもつ生物学者が命について考える。

息子いれば憂いなし

年明けから息子と二人暮らしをしている。妻は、昨年同様冬の期間は友人の観光業を手伝いに、本土の山間部に長期滞在しに行った。昨年までは息子はスキー留学のため、妻と一緒に行っていた。しかし、息子は中学に入るとスキーへの情熱が冷めてしまい、今年はおいらと共に南の島に残ることにした。

 昨年おいらが独りで生活しているときは、寂しくてたまらなかった。だから、今年は妻が独りでさみしくないだろうかと内心気がかりであった。でも妻はそんなそぶりを少しも見せず、むしろおいらと息子の二人暮らしをかなり心配していた。男二人なので、日常の掃除・洗濯・料理がちゃんとできるかというのもある。でも何よりおいらの体調が悪くなり緊急入院した場合を心配していた。だから、もしそうした事態になった時の対応を事前にしっかりと決めておいた。いくつかの緊急連絡先をお互いにメモする。息子は出かけるときは必ず家の鍵を持ち歩き、おいらがいなくても家に入れるようにする。家に帰ったときにおいらがいなければ、すぐにメールする。それでしばらく返事がなければ妻に連絡する。といったルールである。また、万が一数日間息子が一人で過ごす羽目になった場合にも備え、レトルト食品などの非常食もいくつか用意した。一つ一つはごく当たり前の些細な事であるが、こうしたルールを明確にしておくといざという時の不安が全く違ってくる。

 より重要なのは、緊急事態にならないための予防策である。おいらが体調を崩したり不整脈になる原因は不明な面もあるが、疲労やストレスが一因なのは間違いない。だから、息子にも少なからず家事をがんばってもらう必要がある。米研ぎ、食器洗い、風呂・トイレ掃除は以前から息子の当番だったが、夕飯の支度も週に2−3回はしてもらうことにした。今晩は息子にシチューを鍋一杯に作ってもらった。明日の夜の分も十分にあるので、これで二日間休むことができる。作るのに2時間以上かかり、人参やジャガイモはシチューには小さすぎる大きさに切られていたが、優しい美味しさだった。何より、作った本人が美味い美味いとがっついている姿が、シチュー以上に温まった。

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 息子は物心つく前からおいらの病気を身近に見てきており、4年半前のフォンタン再手術では妻たちと共にずっと立ち会っていた。そうした出来事が、息子の心にどのように刻まれたかはわからない。とても怖かったり不安だったかもしれないし、ただわけがわからなかっただけかもしれない。でも文句ひとつ言わず作った息子のシチューには、家族を助けたいという強い覚悟が煮込まれているのがはっきりとわかった。そんな息子は、まるで少し大人に成長したことを証明するかのように、夕食後歯が一本抜けた。