ある生物学者の不可思議な心臓

ある生物学者の不可思議な心臓

先天性心疾患をもつ生物学者が命について考える。

我を失った心と心臓:心室細動入院前編

先日10日間ほど緊急入院した。それは過去に経験したことがない種類の苦しみを味わい、死を強く意識した入院になった。少し長くなるが、その詳細を記録しておこう。  

 年明け早々から体調はすぐれなかった。心房細動が発生し病院で電気ショックを受け一度は止めたが、すぐにその1週間後に再発し、再び病院で電気ショックを受けた。しかし、その二日後また心臓に違和感を感じ始めた。夜寝ているととても息苦しく、脈は強く打ち、脈拍も一定でなく、胸が締め付けられる感覚が続いた。これまでの心房細動にはなかった苦しさで、ついに深夜に救急車を呼び病院に運ばれた。

 心電図や血液検査等の簡易的検査でははっきりとわからないが、おいらの訴える症状から心筋梗塞が疑われ、緊急でカテーテル検査を行うことになった。耐え難き痛みと苦しみを伴うカテーテル検査は、何度受けても慣れることができないが、医者に身を委ねるしかなかった。早速複数の医者がおいらの周りを取り囲み、同意書にサインし、病衣とオムツに着替え、早々にカテーテル検査室に運ばれた。

 まず最初の関門は、導尿管の挿入。なるべく痛くないようゆっくり入れてくれていたが、その分貫通するまで時間が掛かり、きつかった。次の関門は、カテーテルシースの刺入。これが一番痛い。幸い刺入部は左手首の動脈になった。手首は足の鼠蹊部に比べてはるかに痛みは少なく、また検査後も足を自由に動かせるので圧倒的に楽なのだ。実際、麻酔やシースの刺入が行われると、過去の経験よりずっと痛みが少なくすんだ。残す痛みの関門は、シースを抜くときくらいだ。これは経験上、刺すときに比べれば全然軽い痛みなので、なんだか一仕事終えて一服したいくらいの余裕が出てきた(実際おいらはタバコを吸ったことはないけど)。しかし地獄はこれからだったのだ。

 手首のシースからワイヤーを通し始めると、医者は急にテンポを速め、ワイヤーが何度も血管に引っかかり、その度にツンツンと体内から痛みが響いた。これはのちに腕のあちこちで内出血を引き起こす結果となった。やがてワイヤーが心臓に到達すると、休む間もなく造影剤がだくだくと流し込まれた。モニターにX線で投影されたおいらの心臓が映しだされ、造影剤が流れると冠動脈の姿が浮かび上がった。そしてついに地獄の扉が開かれた。何度か造影剤が流されると、突発的においらの心臓は心室細動を起こし始めたのだ。その度に医者は心臓マッサージを行った。心室性の不整脈が起こると、全身に血が流れなくなり、強い貧血に襲われたように意識を失いかけた。意識を失いかける時は、よく聞く話と同様に時間がゆっくりに感じ、「あー、これ、は、ま、ず、、い、、、、か、、、、、も」と心の中で呟いていた。そして再び心室が動き始めると、パッと目が覚めたように意識がはっきりした。記憶のある限り、このプロセスが2回繰り返され、その後完全に意識を失った。

 どれほどの時が経った後なのか、はっと意識が戻った。最初自分は今どこにいて何が起きているのか状況が全くわからなかった。そういえばカテーテル検査を受けていて、いつの間にか意識がなくなっていたのか、ということが徐々にわかってくると、それにかぶさるようにむちゃくちゃ苦しい状態にあることに気づいた。息ができず、全身が燃えるように熱くびっしりと汗をかいていた。目も見えているようで見えない。おいらはハアハアと口で息をしながら、呼吸とともに呻きのような叫び声をあげ続けていた。「あ、あ、あ、あ、熱い、熱い、熱い、痛い、痛い、痛い、苦しい、あ、、」。恐怖で我を失いそうだった。看護師さんがおいらの顔の汗を拭き、「大丈夫だよ、大丈夫だよ」と声をかけてくれると、おいらはすがる思いで、「何、どしたの、死ぬの、熱いよ。」と呼吸に合わせて言葉を叫んだ。目は見えないが、おいらの周りを人々が慌ただしく動き、医者がおいらに腕を伸ばすように声をかけているのが聞こえてきた。どうやら意識を失っている間に、体が硬直し腕を胸のところに丸めたらしい。その際、左手首のシースが外れ、そこから大量に出血している状況がなんとなくわかってきた。医者たちは止血処置をするため、腕を伸ばすよう言っていたのだ。あとで聞かされたことだが、意識を失っている間おいらの心臓は止まり、電気ショックを3回やり、心臓マッサージをし続けていたらしい。その際体が硬直したため、電気ショックをかけるのに手こずり、緊迫した事態になっていたようだった。

 なんとか事態は収束した。「一旦休憩しましょう」という医者の声が聞こえた後、しばらく静かな間があった。おいらは未だ状況がつかめかったが、苦しさが収まったため落ち着きを取り戻すことができた。間も無く医者がまた集まり始めた。検査はもう終わったのかなと思っていたら、執刀医が「また不整脈が起きたときにすぐ処置ができるよう、足の付け根にシースを挿した状態にしておきますね」と声をかけると、何やら付け根を消毒し始めた。え、また始まるの。しかも今度は特に痛い鼠蹊部なのか。おいらは恐怖でまた呼吸が荒くなってきた。医者は間髪入れず麻酔を刺し始めた。やっぱりめちゃ痛い。おいらはまた叫び始めた。

 ここでさらなる不運が襲う。シースは動脈と静脈両方に留置する必要があったが、おいらの右足鼠蹊部は数々のカテーテル検査で静脈が潰れていた。しかし、医者はそのことに気づかず、何度もガイドワイヤーを通すための太い注射針を差し込んで静脈を探っていた。その度においらは痛みで叫びまくった。ようやく医者は異変を感じ、エコーで調べてみると静脈が見つからないことが発覚した。結局静脈は左足鼠蹊部から取ることになり、左右両方の足にシースを留置された。

 カテーテル検査が終わった。幸い冠動脈の閉塞は見つからず心筋梗塞ではないことがわかったが、致死性の心室不整脈が起こった場合に備え、1、2日間ICUに滞在することになった。ICUでは、過去の経験と同様に強烈な口の渇き、騒音、光といったストレスが絶え間なく続いた。さらに、当初の話と変わってICU滞在が3日間続き、4日目に突入しそうな話になってきた。もうおいらにはICUで耐える気力が残っていなかった。そして、これまでに起きた過程を思い返すうちに限界に達したおいらは、命を懸けた反撃に出ることにしたのだった。長くなったので、その続きはまた次回記したい。