ある生物学者の不可思議な心臓

ある生物学者の不可思議な心臓

先天性心疾患をもつ生物学者が命について考える。

大規模データの分析でわかった現代の成人先天性心疾患患者の生存の見通しと死因

前回の記事では、先天性心疾患患者へのウイルス感染症の脅威についてはわからないと述べた。しかし、わからないと言ってそのまま調べずにいるのは、3流研究者とはいえ研究者の名が廃るので、この連休を使って文献を調べてみることにした。今日はその成果を紹介したいと言いたいところだが、残念ながらおいらの力不足により、人様にお話できるほど整理することができなかった。ざっとわかったのは、SARSなどの従来のコロナウイルスや、RSウイルス(乳幼児が罹りやすい呼吸器感染症を引き起こすウイルス)、インフルエンザウイルス、アデノウイルス(風邪症状を起こす一般的ウイルス)、など呼吸器疾患を起こす感染症はいずれも、心臓疾患を持つ人ほど重症化しやすく、致死率も高くなるということだ。しかし、おいらが特に知りたかったことである「心疾患の病態によって重症化の度合いや致死率がどう変わるか」について記載している文献は見つからなかった。

 そんな中、感染症とはあまり関係がないが、成人先天性心疾患患者の余命と死因を極めて詳細に分析した大変興味深い文献が見つかった。本来の感染症の代わりにはならないが、今日はその論文を紹介したい。

 

Diller GP. et al. (2015) Survival prospects and circumstances of death in contemporary adult congenital heart disease patients under follow-up at a Large tertiary centre. Circulation 132: 2118–2125. *1  

背景:先天性心疾患患者の平均余命は過去数十年で劇的に改善され、実際現在では患者の90%以上が成人まで生存できるようになった。しかしながら、そうした医学的進歩にも関わらず、病状が悪化し長期生存率が低下する傾向がある。本研究では、ロンドンのロイヤルブロンプトン病院において診察されていた全成人先天性心疾患患者のデータを用いて、患者の生存率と死因を明らかにした。

方法と結果:1991年から2013年の間に、当施設でフォローアップ中の6969人の成人先天性心疾患患者(29.9±15.4歳)を対象にした。患者は病態によってグループ分けした。生存率はイギリスの一般的人口の生存率と比較した。追跡期間は約9.1年(中央値)で、その間に524人の患者が死亡した。主要な死因は、慢性心不全(42%)、肺炎(10%)、心臓突然死(7%)、癌(6%)、および出血(5%)で、周術期死亡率は比較的低かった。単純心疾患患者は、一般人口と同様の死亡率を示したが、アイゼンメンジャー症候群、複雑心疾患、フォンタン循環患者の長期生存率ははるかに低かった。患者の年齢が上がると心臓が原因の死亡は減少したが、癌や肺炎などの心臓以外の原因で死亡する患者の割合は増加した。

結論:成人先天性心疾患患者は、年齢が上がるにつれ一般人口と比較して死亡率が増加する傾向があることが示された。

 

 上記の要約では全体の傾向しか書いていないが、実際の論文中では個別の病態(心房中隔欠損、動脈管開存症心室中隔欠損、マルファン症候群、弁膜症、大動脈縮窄、エブスタイン、ファロー四徴症、大動脈転位、右心室体循環、アイゼンメンジャー、フォンタン、等)と各死亡要因での死亡率の関係が詳細に示されていた。例えば、フォンタン患者(180名)の場合、心不全(52%)、突然心臓死(13%)、がん(3%)、周術期死亡(19%)、出血死(3%)、敗血症/感染(3%)、肝不全(3%)となっている。一方で、肺炎、脳障害、大動脈解離・剥離、心筋梗塞による死亡は見られなかった。これらの非心臓性死因は、比較的高齢で発症するものであり、逆に言えばフォンタン患者は高齢になる前に心臓が原因で死亡していることを表していた。

 さらに興味深いのが、各病態での実年齢が健常者の何歳に該当するかを予測した結果である。これは正確に言うと、ある年齢の心疾患患者の死亡率と同等の死亡率を示す健常者の年齢を表したものであった。例えばフォンタン患者の20歳、30歳、40歳、50歳、60歳の死亡率はそれぞれ、健常者の64歳、68歳、75歳、82歳、91歳の死亡率と同等であるということであった。つまり現在43歳であるおいらは、健常者で言えば77歳くらいになるのである。

 おいらは以前から50歳の寿命だと予想していたが、この研究結果によればそれは82歳と同等であり、日本人男性の平均寿命81歳とほぼ一致する。だから50歳はおいら的には十分天命を全うした年齢なのだ。なんて満足していてはいけない。この研究に従えば、もしおいらが80歳以上生きることができれば、現在の男性世界最高齢112歳を凌駕することになるのだ。よっしゃー、いっちょやったるか。と言ってる間に、コロナでころっと死んでしまったらごめんなさい。

 

*1 本論文は以下のリンク先に無料で公開されている。 https://www.ahajournals.org/doi/full/10.1161/CIRCULATIONAHA.115.017202