ある生物学者の不可思議な心臓

ある生物学者の不可思議な心臓

先天性心疾患をもつ生物学者が命について考える。

小児が性に合う:心外導管穿刺法アブレーション入院後編

アブレーション入院の続きを書こう。アブレーションの翌日、朝9時に主治医の先生が来て、すぐに脚の付け根に何重にも貼ったテープを剥がしてくれた。テープを剥がす時は予想通りかなり痛かったが、途中から自分でやらせてもらえたため比較的楽にはがせた。テープとともに導尿カテーテルも抜いてくれて両脚が自由に動かせるようになり、体も起こして座ったり歩いてもいいことになった。最大の懸念だった尿道の痛みは、幸いにも傷ついておらず尿を出してもしみることがなかった。これで今回の入院の激痛は全てクリアしたのだ。もうあとは回復を待つだけでよい。安堵感に浸ろうと茶の一杯でもすすりたかったが、まだ絶飲食期間のため茶の一滴もすすれなかった。

 歩けるようになったことで、口が渇いた時は自分の好きなタイミングで好きなだけうがいができるようになった。豆の形をした金属の受け皿(膿盆という)と、水を入れたコップをベッドサイドのスライドテーブルに常備しておき、狂ったように何度もうがいをしまくった。ひどい時には10分に一回くらいうがいをしていただろう。しかし、うがいをすればするほどむしろ余計口が渇くようになり、このままではうがい死にしそうなので、途中から我慢することにした。

 口の渇き以上に辛かったのは、強烈な寒気だった。ガタガタと震え寒気で吐き気もした。しかもこの寒気は特殊であり、足先や手や顔などの末端部はさほど冷たく感じないのに腿や胴体、肩などの中心部分がざわざわと寒かった。こうした寒気は入院前から度々起きていて、特にアブレーション後の数日がひどかった。あまりに寒いので電気毛布を最強の温度にして、さらにもう一枚毛布をかけ、靴下を履き冬用のルームウェアを着て布団にくるまっていた。結局2日目の晩も寒気と口渇感でほとんど眠れず長い夜を過ごした。

 翌日、待ちに待った食事開始である。しかし、その前に胃カメラで食道の傷の具合を確認する必要があった。胃カメラ検査はお昼になったため、結局食事が再開したのはその日の夜になった。ただ、水分は飲んでいいことになり、おいらは早速病棟に設置された自動販売機で飲み物を買いに行った。どれにしようか迷ったが、甘いものが飲みたくなりスポーツドリンクを買った。初めはちびちびと酒をすするように水分が喉に染み込む感覚に酔いしれていたが、やがてグビグビと飲んでしまい、気づくと残りわずかになっていた。喉の渇きが癒えぬくぬくと布団に包まると、久しぶりにウトウトと軽い眠りにつくことができた。

 夜の食事は予想したほど感動しなかった。とはいえ、食事が再開するとみるみる体にエネルギーが満たされていく感覚がして活気が戻ってきた。食事が始まるとすぐに、栄養剤を入れていた点滴が抜かれ、寒気も日に日に和らいでいった。最後の2日間は携帯型の心電図モニターも外れ、体に何もついていない身軽な状態になり、3食付きのホテル暮らしのような優雅な時間を過ごした。

 今回の入院は、治療がとてもスピーディかつ計画的に進みストレスフリーな入院だった。それは小児循環器科の医師が担当だったからではないかと思う。アブレーション翌日の朝にすぐテープや導尿カテーテルを外してくれて歩けるようになったり、食事開始後は点滴もすぐ外れたり、とテンポが良かった。絶飲食の2日間も喉の傷が良くなるまでと丁寧に説明してくれたため納得できた。水分摂取量の制限もなく、できるだけ患者の負担が減るように配慮してくれている気がした。そしてさらにありがたかったのが、毎日ほぼ決まった時刻に診察に来てくれることだった。そしてそのたびに丁寧に説明をしてくれて、治療の方針に疑問を持ったりすることがなかった。

 おいらの個人的経験による非常に偏見のある想像ではあるが、もしこれが成人循環器科の医師が担当だったら、こんなにスピーディで計画的に治療は進まなかったのではないかと思う。導尿カテーテルは説明なく数日入れっぱなしになったり、水分制限がかかったり、点滴も継続したりしていたかもしれない。そして診察の時刻はバラバラで、来るときは大名行列のように大勢で押し寄せ、質問を受け付けない雰囲気すら漂っている。これでは疑問や不満が溜まりストレスが増大していってしまう。

 こうした違いが生まれてしまう背景には、患者側の特徴の違いもあるだろう。成人循環器科の患者は圧倒的に高齢者が多い。そのため、なかなか治療の効果が現れなかったりして慎重にならざるを得ない面もあるだろう。それに診察で説明しても理解してもらえなかったり、会話があまり通じないことも多い。一方、子供の場合は治療効果がすぐに現れ回復も早いのだろう。また治療の説明は大抵親が聞くため、親は患者本人以上に真剣であり、ちょっとした疑問点もしつこく尋ねてくるはずだ。そうした患者や親に日々接している小児循環器科の医師は、スピーディで計画的な治療や丁寧な説明を行うことを否応無く心がけているのかもしれない。

 おいらは、入院中のストレスは少なからず治療効果や回復に支障が出ると感じている。医師不足による激務により、患者一人一人に対応できる時間が少ないのが現状なのであろう。だから無理なお願いはできないが、将来の医療のあり方として患者のストレス軽減も重要な治療方針として配慮してほしいと願っている。