ある生物学者の不可思議な心臓

ある生物学者の不可思議な心臓

先天性心疾患をもつ生物学者が命について考える。

フォンタン術後の単心室小児患者におけるCOVID-19の症例

新型コロナ感染症が世界中に拡大し半年以上が経過した。当初から、心疾患を持つ患者はコロナ感染症による重症化や死亡リスクが高いと言われてきたが、特に先天性心疾患の患者についてはどのくらいそのリスクが高いのかは全くわかっていなかった。感染拡大から半年以上が経ち、ようやくいくつかの研究成果が発表されてきたため、今日はその中の一つを紹介したい。

 

Linnane, N., Cox, D. W., & James, A. (2020). A case of COVID-19 in a patient with a univentricular heart post total cavopulmonary connection (Fontan) surgery. Cardiology in the Young, 10–12.

 

患者

心室心室、肺動脈弁閉鎖症、心房中隔欠損症、右大動脈弓を持つ10歳の少年。 双方向グレン手術を経て、3歳10ヶ月の時に心外導管型有窓フォンタン手術を受ける。

 

COVID-19発症前(1ヶ月前)の状況

酸素飽和度98%、心拍数は83bpm、血圧124/60。

 

発症時の状況

最初の外来では発熱、赤目、無気力、軽い咳症状。両親はコロナに陽性。本人も陽性だったが正常な酸素飽和状態であったため帰宅。4日後、呼吸の増加、咳の悪化、および持続的な発熱を示す。この段階で、酸素飽和度90%以上を維持するために、0.5L/minの酸素吸引が必要になった。

発症7日目に1L/minの酸素吸引が必要になる。胸部X線写真は、左中部および下部の浸潤影が顕著。静脈内セファロスポリンと経口マクロライド系抗生物質の投与を開始。地元の病院から大きな小児病院へ転院。 酸素吸引量は、8〜10日目で3L/minに増加。9日目も胸部X線写真に変化なし。CRP13。腎臓と腎臓のプロファイルは正常。人工呼吸器は必要なく、入院期間中病棟で治療。抗生物質投与は7日後に中止、その他の薬の処方はなし。14日目に地元の病院に戻り退院。

 

考察

これまでの研究によれば、(先天性心疾患有る無しに関わらず)コロナに感染した子供の90%が軽度または中等度の症状、5.2%が重度、0.6%が重篤な症状であることが示された。重度の症状は、呼吸困難、チアノーゼ、酸素飽和度<92%として定義され、重篤な症状は、呼吸不全、ショック、および多臓器不全の兆候が現れた。したがって、本研究での患者は重度の症状と診断される。

 

結論

本研究の症例では、10歳のフォンタン術後患者は感染後も重篤化することなく、ICU管理や人工呼吸器の使用も必要がなく、比較的短期間で回復した。そのため子供のフォンタン患者においては心疾患がCOVID-19感染による重篤化リスクになるとは必ずしも言いきれない。

 

おいらの感想と補足説明

この症例報告では、子供ではフォンタン循環であることがCOVID-19感染による重篤化リスクになるとは言えないと結論づけている。ただこれは、あまりに飛躍した結論であろう。まず症例が1例のみであり一般性が全くない。それに、この患者の男の子は感染前の状況が、酸素飽和度98%と穴開きフォンタンにしては信じられないほど高い。そんな良好な状態でさえ、感染時には酸素吸引がなければ90%を維持することが困難になった。チアノーゼ性の先天性心疾患を持つ患者は酸素飽和度が90%を下回る場合も多いだろう。だからそうした患者がコロナに感染したら、著しい酸素飽和度の低下を招きかねない。つまり、先天性心疾患患者は元々が低酸素状態にあるため、わずかな呼吸障害でも重度低酸素状態になりかねないのである。そして、低酸素状態が続くと心筋障害さらには、心機能低下や心不全に陥ってしまう危険があるのだ。

 一方、別の研究においても、成人の先天性心疾患患者はコロナに感染しても比較的軽症ですんでいると報告している。その理由として、成人先天性心疾患患者は比較的年齢若いことと、高齢、肥満、高血圧、糖尿病などの他のリスク因子を持っている割合が低いことがあげられるようである。そしてもう一つ注目すべき点として、全感染者数の中での先天性心疾患患者の割合が少ないそうだ。なぜ少ないのか。それは患者本人やその家族が、コロナへの感染リスクをできる限り減らそうと日々の行動に細心の注意を払っていたためである。

 我々先天性心疾患を持つ患者は、生まれながらの闘病生活の中で何度となく死のリスクに直面し、その度に乗り越えてきた。その経験は、未だ解決の糸口が見えない世界的パンデミックの危機に対しても、今まさに強力な武器として活かされているのである。

 

その他の参考文献

Frogoudaki, A., Farmakis, D., Tsounis, D., Liori, S., Stamoulis, K., Ikonomidis, I., … Parissis, J. (2020). Telephone based survey in adults with congenital heart disease during COVID-19 pandemic. Cardiology Journal.

Sabatino, J., Ferrero, P., Chessa, M., Bianco, F., Ciliberti, P., Secinaro, A., … Di Salvo, G. (2020). COVID-19 and Congenital Heart Disease: Results from a Nationwide Survey. Journal of Clinical Medicine, 9(6), 1774.

Tan, W., & Aboulhosn, J. (2020). The cardiovascular burden of coronavirus disease 2019 (COVID-19) with a focus on congenital heart disease. International Journal of Cardiology, 309, 70–77.