ある生物学者の不可思議な心臓

ある生物学者の不可思議な心臓

先天性心疾患をもつ生物学者が命について考える。

体と心のフェノロジー

 まだ年も明けていないというのに、連日の寒さに堪えて春が待ち遠しい。春の訪れは日照が長くなったり気温が暖かくなることでも感じられるが、それだけではたまたま暖かい日である可能性もあり十分確信できない。真に春が来たと思えるのは、植物たちが新たな葉を展開したり花を咲かせたりする姿を見たときである。
 植物は発芽、開葉、開花、結実、紅葉、落葉といった活動を、毎年間違うことなく季節の変化に合わせて行うことができる。そんなことごく当たり前に思えるかもしれないが、実際には多数の遺伝子によって厳密に調節された極めて複雑なメカニズムの上に成り立っており、それは植物が長い年月をかけて獲得した進化の賜物である。だから、植物は我々人間がなんとなく雰囲気で春を感じるよりもはるかに正確に春を感知できるのだ。こうした生物の季節に合わせた活動周期を、専門用語でフェノロジー(生物季節)と呼ぶ。今回は、生物のフェノロジーに例えて、今年一年のおいらの体と心のフェノロジーをまとめておこう。

 

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 上の図が、おいらの様々な部位の症状と精神状態の変化を表したものである。まず、おいらが最も注意しなければならない心臓は、1月当初(実際には前年の年末)から不整脈が頻発し極めて不調だった。何度電気ショックを受けてもすぐに不整脈が再発してしまい、心臓が弱り、寒気、だるさ、むくみ、無気力感が襲った。精神的にも弱気になり絶望的な気分に落ちていった。そして最終的には入院中のカテーテル検査で心室細動を起こして死ぬような経験をした。
 その後3月4月はやや安定していたが、5月ごろから再び状態が悪くなり不整脈が度々再発し、何度か入院した。これはペースメーカーの機能不全が主な原因だった。このころも徐々に心臓が衰えていく不安とストレスのためか、精神的に深く落ち込んでしまっていた。そんな身体的にも精神的にも弱っていくおいらの様子に危機感を持ったのだろうか、主治医の先生が急遽7月末にアブレーション入院のスケジュールを組んでくれて、ようやく不整脈が収まり心臓が安定した。
 アブレーション手術後は心臓が安定しただけでなく、精神的にも穏やかになりいろいろなことに前向きに取り組めるようになった。この頃から長年放棄していた楽器の練習を再開し、その練習が実り、10月から月に一回ジャズライブハウスで演奏できるようになった。また、体調が良く気候も涼しくなってきたこともあり、10月には山登りに2回行った。山は標高200mほどの小さな山でそれでも全部登り切ることはできなかったが、登山ができるだけでもとても嬉しくて心地よかった。この頃、PM周囲の腹の痛みや脚の膝や股関節に痛みが出たが、これらは活発に動いたことの副産物であろう。12月初めには学会講演も行うことができた。おいらにとっては久しぶりの学会発表というだけでなく、消えかかっていた研究者のともし火が再び輝いた瞬間だった。
 植物のフェノロジーは季節変化に合わせて厳密に制御された活動周期であるが、おいらの体と心のフェノロジーは季節や環境の変化に合わせることができずに不規則に生じた活動である。きっと来年も不規則なフェノロジーに振り回されて、苦しんだり悲しんだり喜んだりするのだろう。まあ、来年も退屈な一年にならないことは間違いなさそうだ。


PS. 今年は新型コロナで世界中の人々が苦しんだが、おいらはコロナで救われた面もあった。上のフェノロジー図を見ると、コロナの第一波と第二波が起きた頃、おいらの心と体は比較的安定しているのがわかる。これは、この頃自粛生活と在宅勤務になり、日々の体の負担がかなり軽減されたことが大きい。平日も休日も疲れたらすぐに横になって休むことができ、とても楽に過ごすことができた。正直サボりすぎたかもしれないが、結果として自分にちょうど良い活動周期を知る良い機会になった。