ある生物学者の不可思議な心臓

ある生物学者の不可思議な心臓

先天性心疾患をもつ生物学者が命について考える。

PLE発症後の余命を予測する

蛋白漏出性胃腸症(PLE)は、フォンタン術後症候群の中でも特に予後不良とされる深刻な合併症である。その発生率はフォンタン術患者のうち4〜13%で低いものの、一度発症してしまうと治療に難渋し、根治はかなり難しい。死亡率も高く、当初は5年生存率50%程度と報告されていた(近年の研究では、もう少し高い生存率が報告されている)。これらPLEに関する初期の研究や近年の研究についての詳細はまた改めて解説していきたいが、日本語で解説されているものをすぐに読みたい方は、「大内秀雄. 2016. フォンタン術後患者のQOL向上をめざして:経時的な病態観察から学ぶ. 日本小児循環器学会誌 32: 141-153.」がネット上で入手できる。

 すでに何度も触れているように、おいらもPLEが発症したフォンタン術患者である。おいらのPLEがわかったのは、今から約3年8ヶ月ほど前。そこから、PLEや不整脈などのフォンタン術後症候群との闘病が始まった。PLEがわかったのは、血中アルブミン量が2g/dL台に下がっていたためだ。以後PLEの診断は、血液検査により3種類の血中タンパク質量を調べることで行っている。その3種とは、総タンパク量(TP)、アルブミン(Al)、免疫グロブリン(IgG)である。そして、治療は、ステロイドプレドニン)の投薬(飲み薬)、アルブミングロブリンの点滴補充、ハイゼントラ(免疫グロブリン)の定期的な自宅点滴で行ってきた。本日は、PLE闘病3年8ヶ月間の3種のタンパク量の変動と、ステロイドアルブミングロブリン点滴補充の量をずばんと公開してしまうのだ。個人情報もプライバシーもなんのそののお構いなし。生の血液検査結果を赤裸々に公開する、文字通り出血大サービスである。

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 ごちゃごちゃしてわかりにくいグラフになってしまったが、上の図がその全貌である。上のグラフが3種類のタンパク量の変化を表す。青が総タンパク(TP)、赤がアルブミン、緑が免疫グロブリンを表す。横軸がPLE闘病が始まった3年8ヶ月前からの経過日数で、現在までに約1300日が経過した。縦軸の左がTPとアルブミンの量、右が免疫グロブリンの量である。

 続いて下のグラフは、プレドニン(青線)、アルブミン補充量(赤点)、グロブリン補充量(緑点)を示す。定期的に自宅で点滴しているハイゼントラはこの図には示していない。上下両方のグラフにまたがってかかる灰色の線は、その期間に入院していたことを示す。一番下に入院の理由を簡単に書いた。図に示していないが、これ以外にも不整脈をとめるために電気ショックを受けた1泊2日の入院が何度かある。一番右側の消化管出血による入院が、これまで何度か書いてきた地獄入院である。

 グラフはわかりにくいので、丁寧に見て頂く必要はないが、このグラフからいくつかわかったことがある。

(1)800日目くらいまでは、アルブミンは4g/dL台、TPは6台を維持していたが、フォンタン再手術(TCPC conversion)の入院の前からアルブミンは4以上になることが難しくなった。しかし、地獄入院の後は再び回復し始めている。

(2)タンパク量が減少する(PLEが悪化する)と、プレドニンの量を増やす。最初は40mg/日くらいを飲み、それを徐々に減らしていく。しかし、10mg/日を切るとPLEが再発してしまう傾向がある。さらに、再発するまでの期間は徐々に短くなっている。最初のPLE発症から次の再発までは400日以上間があったが、その後は200日程度になってきている。

(3)3種類のタンパク質量は、同調して変動している。また、時期により大きく変動しているが、3年8ヶ月という長い期間で見ると、どれも減少傾向にある(上のグラフの点線で示したのがそれぞれの回帰直線)。

 

こうした3つの特徴をみても、PLEは一度発症してしまうと治療に難渋し、根治は難しいということがよくわかる。厳しく見れば、プレドニンの効きも弱くなり年々悪くなっていると言えるかもしれない。では、このままPLEが進行すると、おいらの寿命はどのくらいなのだろうか。そこで、3種類のタンパク質量から得られた回帰直線を用いて、おいらの寿命を予測してみた。

 予測にあたって次の仮定を置いた。まず最も厳しい条件で仮定した場合は、回帰直線がTPを5を下回る、アルブミンが3を下回る、免疫グロブリンが500を下回る条件とした。実際にはこのくらいの値では、まだ死んでしまうことはないと思うが、回帰直線がこれらの値を下回るような状態になると、体のむくみもひどくなり日常生活を送るにはかなりしんどい状態になるだろう。その状態が続けば不整脈が再発したり、腎臓や肝臓が機能不全を起こしたりして、急に容態が悪化する可能性もある。そこで、これを最低余命として、これらの条件に達するまでの残り日数を回帰直線から逆算すると、最短であと約2ヶ月、最長で約73ヶ月、平均すると31ヶ月(約2年半)となる。5年生存率50%といわれていることからすると、PLEが発症してから3年8ヶ月で残り2年半が最低余命というのはあながちあり得なくもない予測になる。

 いやいや、いくらなんでもそんな厳しくないでしょう。ということで次はもう少し緩い条件を検討してみた。それは、回帰直線がTPを4を下回る、アルブミンが2を下回る、免疫グロブリンが400を下回る条件である。これを最長余命と仮定した。現実にはこれより低い値であっても頑張って闘病を続けている方もたくさんおられるので、まだこの条件になったからといってすぐ死んでしまう訳ではないが、ここまで低い値になってしまうと、ほぼ入院をし続けないといけなくなるだろう。おいらがPLE治療のため入院したときも、一時的にこのくらいの値に下がってしまったときである。この最長余命条件で残りの日数を計算すると、最短で43ヶ月、最長で119ヶ月、平均83ヶ月となった。おいらは、子供の頃から50歳くらいの寿命だろうと覚悟してきた。今40歳なので、最長119ヶ月(約10年)は、ちょうどそれに一致する。やはり、子供の頃からの覚悟は、妥当なのかもしれない。

 この予測はあくまでおいらの適当な予測なので、何の根拠もない。幸いにも、地獄入院の後は奇跡的な回復が続いており、もしこの回復が今後も継続していけば予測の寿命はもっと改善されていくだろう。予測はあくまで一つの目安として、少し覚悟しつつ、でもそれにとらわれすぎず、今の健康を維持していきたい。