ある生物学者の不可思議な心臓

ある生物学者の不可思議な心臓

先天性心疾患をもつ生物学者が命について考える。

縦隔炎入院②:フォンタン循環で静脈経由ペースメーカー設置は可能か

長い間保留にしていた2度目の縦隔炎入院についてお話したい。

 入院は5月下旬から始まった。入院当初の計画から手術は最低3回を予定した。今回クリアしなければいけない課題は、①縦隔炎の感染部分を除去して徹底的に洗浄し、できるだけ菌の総量を減らすこと。②縦隔内にある人工物(ペースメーカーリードやゴアテックスシート)を除去すること。③ペースメーカー除去に先立って事前に代わりとなるペースメーカーを静脈経由で入れること。である。

 治療の経緯を時系列を追って話したい。まず最初にやることは③の事前に代わりとなるペースメーカーを静脈経由で入れることだ。心外導管型フォンタンの場合、本来は構造上静脈経由で心臓にリードを到達させることができない。だから、この時点ですでに入っているペースメーカーは心臓の外から心筋の表面にリードを設置するタイプで、リードは心臓の外の縦隔に収まっている。しかし、縦隔は菌に感染しており、さらにリードなどの人工物は菌の巣窟となってしまうため、縦隔炎を治療するにはリードを縦隔内に置いていてはいけないのだ。そこで、縦隔内にリードを置かず、本来はできない静脈経由のリード設置を試みることになった。

 このあたりは、心外導管型フォンタンの構造がわからないと、理解がかなり難しいかもしれない。だから、細かい点は無視して、ともかく今あるペースメーカーは全部取り、別の方法と場所から新たなペースメーカーを入れる必要があった。さらに細かい点を付け加えると、先に述べたように構造上静脈経由で心臓内にリードを到達できないため、新たにつけるリードは心臓の筋肉に最も近い位置にある肺動脈内の壁に設置されることになった。そのため、設置しても直接リードが心筋に届いていないため、当然ながらペースメーカーの電気刺激の伝わりが悪い。だから、かなりの高電圧をかけないと心臓に伝わらない上、携帯電話の電波が1になるかのように、度々刺激が途切れてしまうことが起こる。非常に不安定なのだ。

 静脈経由の代替ペースメーカーの設置手術は、入院後4日目に行われた。手術といってもカテーテルによる手技なので、開胸手術に比べれば圧倒的に侵襲度は低く、それでも全身麻酔下で6時間を要した。術後目が覚めると一般病棟の病室で、その夜は傷口からの出血防止のため脚や体をあまり動かせなかったが、翌朝には導尿カテーテル(おしっこの管)も取れ、立って歩いて朝から食事も取れるようになった。術後当日の夜は多少しんどかったが、これから受ける手術に比べればまだまだ全然序の口であった。

 

 長くなったので今回はここまで。もっと要約して書けばいいのだが、自分自身の記録のため、そして今後同じような手術を受ける方の参考のために、多少詳しくお話ししたい。次回はいよいよ開胸手術の話に入る。

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入院前に眺めた近所の海と空。この後、この楽園とは真逆の、死の香りが漂う戦場のような世界に突入することになった。