ある生物学者の不可思議な心臓

ある生物学者の不可思議な心臓

先天性心疾患をもつ生物学者が命について考える。

心臓

体と心のフェノロジー

まだ年も明けていないというのに、連日の寒さに堪えて春が待ち遠しい。春の訪れは日照が長くなったり気温が暖かくなることでも感じられるが、それだけではたまたま暖かい日である可能性もあり十分確信できない。真に春が来たと思えるのは、植物たちが新たな…

我を失った心と心臓:心室細動入院前編

先日10日間ほど緊急入院した。それは過去に経験したことがない種類の苦しみを味わい、死を強く意識した入院になった。少し長くなるが、その詳細を記録しておこう。 年明け早々から体調はすぐれなかった。心房細動が発生し病院で電気ショックを受け一度は止め…

フォンタンの未来

先日、フォンタン患者とその家族それに全国から集まった小児循環器医が参加したフォンタンのセミナーがあり、おいらは患者の一人として体験談を語ることになった。おいらは、今住んでいる南の島の中ではフォンタン患者として最高齢らしいが、それは別に偉い…

消滅の恐怖

20年近く前に読んだプリーモ・レーヴィの『アウシュヴィッツは終わらない―あるイタリア人生存者の考察』という本が、あまりに衝撃的で今でも記憶に残っている。著者は、本のタイトルの通り第二次世界大戦時のアウシュビッツ強制収容所を生き延び、その体験を…

今じゃ言えない秘密じゃないけど 出来る事なら言いたくないよ

また一人、有名人が薬物使用で逮捕された。そのニュースを聞いたとき、そっとしまっておきたかった過去の思い出が蘇ってきた。おいらは高校時代、その人物が所属する音楽グループをかなり愛聴していたときがあった。きっかけは、友人たちがCDを貸してくれた…

サードインパクト

世の中には第3とつくものが多い。第3世界、第3帝国といった世界の国々を分ける用語から、第3類医薬品、第3のビール、第3世代の〇〇(CPU、携帯電話など)などの商品や技術に関することにもよく使われる。とはいえ、3番目だったら闇雲に使われているわけではな…

完璧主義の心臓

人類史において、長らく生物は神が創造した奇跡の産物と考えられていた。生物の存在や構造は人類の理解を完全に超越しており、全知全能の神による創造無くしては生物の存在を説明できなかった。むしろ、生物の存在が神の実存を立証しているとすら見なされた…

不可思議を追い求める心

今回はリクエストを頂いた職業についてお話ししたい。なぜおいらが生物学者という職を選んだかについてである。2018年のあるアンケート調査によれば、小学生男子が将来なりたい職業は、野球やサッカーの選手を抜いて学者・博士が1位だそうだ。理由は定かでは…

今後のラインナップ

過去の記事を読み直してみると、途中で話が終わってしまった話題、いつか話すといって話していないテーマ、いただいたコメントからのリクエストなど今後書きたいことが結構あった。備忘録のために、それらをまとめておきたい。 1. いつか話すといって話して…

フォンタンマスターへの道:水編

先天性心疾患者にとって、体内の水分量コントロールは極めて重要な課題だ。多過ぎれば、体が浮腫むだけでなく血液量が増えて心臓に大きな負担がかかる。しかし、少なければ脱水や血栓のリスクが高まる。この点は、フォンタン患者には、特に難題である。フォ…

先天性 x 成人心疾患患者になる

左側の腕や胸、背中にあった重く鈍い痛みは、不安の通り、心筋梗塞の兆候だった。発症後、たまたま数日後に先天性疾患の定期診察があったため、診察時にその症状を伝えて追加の血液検査をしてもらった。主治医の先生は小児循環器が専門なので、心筋梗塞など…

心臓は嘘をつかない

以前、おいらの心臓は、身に迫る危機を頭で考えている以上に正確に感じ取ることができる、と書いた。例えば、頭ではまだ大丈夫かなと思っている時でも、心臓の方が先にドキドキと動悸がして危機を感じ始めるのだ。ここ数日、狭心症のような症状が頻発してい…

傷心の研究者

新年早々、投稿していた論文が2つ連続で落ちた。論文が落ちたとは、学術雑誌に投稿していた論文が、掲載不可と判定されて返されることである。研究をしてある程度成果が出ると、それを論文にまとめて学術雑誌に投稿する。雑誌に投稿しても、すぐに掲載して…

強がる心、弱い心臓

先日、数年ぶりに旧友から連絡が届いた。おいらが黄金期だった時の友人だ。おいらが今南の島で住んでいることを伝えると、旅行がてら行ってみようかと話してきた。が、おいらは、おいらに会ってもつまらないから来なくていいと言ってしまった。本当は会いた…

APCフォンタン術患者の30年後の運命

まさに自分が該当する興味深い論文を見つけたので紹介したい。 Chin Leng Poh et al. (2017) Three decades later: The fate of the population of patients who underwent the Atriopulmonary Fontan procedure. International Journal of Cardiology 231:9…

3%で変わる生き方

フォンタン再手術後から、おいらのサチュレーションの値が少し下がっているのがずっと気になっていた。手術前は96%ほどだったが、手術後は93%ほどしかいかなかった。先日、今診てもらっている医者にそのことを聞いたところ、ようやくそのメカニズムがわか…

チキンレース

おいらの体には致死性の病気がいくつも潜んでいる。まず本家の心臓は、不整脈などによる急性心不全で突然死する可能性がある。そうでなくても心機能が年々低下し心不全になるのは避けられない。それから先日切除した大腸ポリープは異常な数と増殖速度だった…

古傷

数々の手術、検査を繰り返してきたおいらの体には、たくさんの傷跡が残っている。一番大きいのは、胸にある開胸手術の手術痕で、胸の真ん中と右脇にT字のような配置でそれぞれ20cmほどのものがある。真ん中の傷は過去に3回開けており、3歳、12歳、39歳の時に…

渋滞が渋滞を引き起こす

おいらの住む南の島では、至る所で渋滞が発生している。その原因は、車の台数が多すぎるためだそうだ。県民一人にほぼ一台の割合で持っているらしい。さらに、暑い気候のため、ちょっと出かけるにも車を利用するのが習慣になっているせいもある。渋滞を避け…

永遠に続く砂漠

また、再手術の話を再開しよう。 2度目の手術を終え、目がさめると朝だった。もちろん朝だとわかるのは後々のことで、実際はICUでは窓もなく時間の感覚もない。しかし、時間の感覚がないことは実は患者にとってかなりストレスになる。後日記録を見ると、午…

血の海を渡ると地獄

また、フォンタン再手術の話を再開しよう。 術前の説明では、手術時間は12時間と予定された。一番時間がかかるのは、心臓に到達する前に心臓と胸骨の癒着をはがすことである。過去に心臓手術を受けたことのある人は、心臓が周囲の組織と癒着していることがよ…

人工心肺、結構心配

手術の6日前に入院が始まった。入院するとすぐに、レントゲン、心電図、CT、採血、エコー、肺機能検査と、休む暇なく検査を受けた。さらに、その頃はPLEが再発していたため血中タンパクがかなり低く、点滴でアルブミンとグロブリンの補充も受けた。タンパク…

心臓に毛を生やそう

4年ぶりに学会に参加して研究発表を行った。昨年と一昨年は、入院していたため参加できなかった。学会参加だけでなく、ここ数年おいらは闘病に精一杯で、論文も出せず、調査もできず、まともに研究活動をしていなかった。論文は科学雑誌に投稿するものの、…

断捨離は心臓に悪い

南の島へ向けた引越準備を進めている。できるだけ荷物を減らそうと、思い切って本や過去の資料などを処分することにした。紙の資料はできるかぎりスキャナーで取り込んで電子化し、実物は廃棄した。おいらは、4年前からの第2の闘病時代からの血液検査の結果…

体調、神ってる。

ここ数年、年末年始のころはいつも体調が悪かった。そのためか、気分も落ち込み年が明けてもとてもめでたい気分にはなれなかった。今年の初めもまた気分が落ち込んでいて、それが祟ったのか地獄入院につながった。しかし、今年は違う。極めて体調が良いのだ…

痛みでよみがえる記憶

今年の始めから、朝起きてから午前中の体調がすぐれない。その傾向は、地獄入院から退院した現在も続いている。大体は朝は寒気がして、寒気が酷いときには吐き気もある。体がだるく脈がやや速く息苦しい。朝食後少し横になって休むことも多いが、なかなか良…

PLE発症後の余命を予測する

蛋白漏出性胃腸症(PLE)は、フォンタン術後症候群の中でも特に予後不良とされる深刻な合併症である。その発生率はフォンタン術患者のうち4〜13%で低いものの、一度発症してしまうと治療に難渋し、根治はかなり難しい。死亡率も高く、当初は5年生存率50%程…

スモールフレンドリージャイアント

子供の頃、よく見る夢があった。真夜中の街を巨人が徘徊する夢である。巨人の姿は見えず、どすんどすんと足音だけが聞こえ、おいらは家で寝ながら足音が近づいてくるのをじっと聞いていた。不思議と怖さはなかった。むしろ、巨人は散歩でもして楽しんでいる…

医者が望む理想の患者

今日は山田倫太郎くんの「患者が望む理想の医者:8か条」について、おいらなりのひねくれ解釈をしてみよう。彼は、先天性の複雑心奇形を持ち、たびたび手術を受けながら今も闘病を続ける中学生である。山田くんと8か条については、日テレの24時間テレビで…

心臓が教えてくれる

前回自分なりの経験に基づく教訓を紹介したので、今回ももう一つそんな教訓についてお話ししたい。 自分に迫る危機や困難がどのくらい深刻なのかはなかなかわからない。それは頭で思っているよりも実際はもっと深刻だったりそうでもなかったりする。しかし、…