ある生物学者の不可思議な心臓

ある生物学者の不可思議な心臓

先天性心疾患をもつ生物学者が命について考える。

バナナ以上に素直な生き方

『こんな夜更けにバナナかよ』は、筋ジストロフィーを抱える鹿野靖明氏の生活を取材したノンフィクション作品の本である。ボランティアとの交流や自立生活の実態が詳細に描かれた作品として評価され、映画化もされたのでご存知の方も多いだろう。おいらも何年か前に本を読み、とても印象深く記憶に残っている。鹿野氏は、多くのボランティア介助者のサポートを受けながら自立生活を実現した。その生活では、介助者にいつでも遠慮なくやってもらいたいことを要求しながら、自分に正直に自由奔放に生きていた。その生き方はある意味わがままで自己中でもあるが、一方で重度の障害を持っていても自分の人生や運命を卑下したり悲観したり我慢したりすることなく堂々と生きる姿勢を貫き、その生き方に多くの読者は感動したり勇気づけられたことだろう。
 だいぶ前に読んだのではっきりと覚えてはいないが、おいら自身のこの作品への感想は、印象深かったが感動したり勇気けられたという感情はさほど強く抱かなかった。むしろ、鹿野氏に対し共感できなかった部分の方が印象に残ってしまっている。確かボランティアの人々に対してもよく怒っていた場面があったと思うが、おいらは人に怒られたり怒っている人を見るのが苦手なこともあり、それらの場面が正直少し辛かった。とはいえ、彼に対しもっと大人しく生きろとは全く思わない。素直な生き方には憧れるが、彼の示した方法はおいらの目指す方法とは違うなと感じたのだった。
 タイトルの「こんな夜更けにバナナかよ」は、ある時鹿野氏が真夜中に付き添いボランティアに「バナナが食べたい」と言い出し、それに対しそのボランティアが感じた心の言葉から取られたもので、まさに鹿野氏の素直な生き方を表した象徴的なエピソードである。そのエピソードと似ているかどうかはわからないが、おいらも別のやり方で自分の素直な生き方を真夜中に体現していたことがあった。後半はそれについてお話ししたい。
 あらかじめお断りしておくと、ここからはとても汚い話になるので、皆さん覚悟してほしい。しかし、それは紛れもない事実であり、ある意味バナナ以上に素直な生き方を体現していたかもしれないことだ。それは、2016年に4ヶ月半の地獄入院をしていたときだった。その時のおいらは、腰痛と腰痛圧迫骨折が重なりベッド上で寝たきり状態になっていた。体の向きを変えるだけで腰に激痛が走るため起き上がることは当然できず、食事も排泄も全てのことをベッドの上で寝た姿勢で行っていた。 

地獄入院の詳細

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  そしてその頃、なぜか真夜中になると大の排泄をしたくなっていた時期があった。毎晩毎晩、夜中の1時か2時になるとしたくなるのだ。ご存知ない方のためにベッド上で寝たまま大をする方法を簡単に説明すると、ちりとりのような形をした簡易便器をお尻の下に差し込んで用を足す。ちりとりの上面の半分ほどには穴が空いており、穴のない部分にお尻を乗せ、穴の中に排泄物を落としていく。この簡易便器で用を足すのはなかなか難しく、できない方も結構いるそうだ。おいらも慣れるまではだいぶ苦労した。その苦労話はさらに汚い話になるので、また機会があればいつかお話ししたい。
 ともかく形状こそバナナに似たものを、おいらは毎晩欲していたのだった。最初の頃は、毎回ナースコールで看護師さんを呼んで便器を持ってきてもらっていたが、そのうちベッド脇に常備しておいてもらい、自分で取って用が済んだら呼ぶようになった。真夜中に便を出すのは申し訳なくも感じたが、一方でとても心地よく満ち足りた気分にもなっていた。夜中の静寂の中で一人ベッドの上で寝ながら気張っていると、なんだか自分がウミガメになって産卵している感覚になり、生まれてくるバナナにさえ尊さを感じていた。
 またこの時のおいらは、消化管出血のため(地獄入院は元々その治療のための入院)、便が硬く血が混じり真っ黒な色をしてた。そのため毎回便の状態をチェックして消化管出血が続いているかどうかを確認していた。その確認作業もおいらには楽しみだった。一時期本当にひどい時はコールタールのように黒かったが、ちょうど真夜中に便が出ていた時期からちょっとずつ改善していった。昨日より少し黒さが薄まり茶色っぽくなっていくのが毎回嬉しかった。だから、便を終え看護師さんを呼んだ時には、とても幸せそうな顔つきになっていた。調子に乗った時は、一仕事終えた余韻をゆっくりと味わうため、お茶を一杯持ってきてもらうのもお願いしていた。でも看護師さんからしたら、40近いおっさんが真夜中に便をして呼びつけて幸せな顔をして余韻を楽しんでいたら、鹿野氏のボランティア以上に心の中で悪態をついたとしてもおかしくない。

「こんな夜更けにう◯こかよ。」

 こうしておいらは、多くの看護師さんのサポートを受けながら地獄入院から生還した。その入院生活では、たとえ真夜中でも遠慮なく生理的欲求を満たしながら、時に正直に自分の嬉しい感情を表した。そんなおいらの生き方も、鹿野氏のように人々を感動させたり勇気づけられるだろうか。