ある生物学者の不可思議な心臓

ある生物学者の不可思議な心臓

先天性心疾患をもつ生物学者が命について考える。

ハイゼントラの休日

今日は、2週に一度のハイゼントラ点滴の日。今まさに、お腹に針を刺して始めたところだ。点滴は一回一時間ほどかかる。今回は、その間に一つの記事を書き終えられるか挑戦してみよう。

 現在の時刻は3時半。日曜の昼間に点滴だなんて、時間がもったいなく思われるかもしれないが、おいらにとってはこの時間が一番リラックスして心地よい時間なのだ。最近の休日は、おいらは大体一人で過ごしていることが多い。妻も息子も部活やバイトなどで何かしら用事があり、おいらは一人家にいる。大体そういう時は、論文を書いたり専門書を読んだりして有意義に過ごそうと思うのだが、現実はいつもダラダラと過ごしてしまい罪悪感に浸る羽目になっている。そうならないように図書館に行くこともある。でも勉強に集中できるのはせいぜい一時間。すぐ眠くなったり、グルメ雑誌を読みに行ったりしてしまう。結局有意義に過ごすことなく休日が終わっていく。

 うわ、もうハイゼントラが半分終わっている。先を急ごう。ハイゼントラは、そんなだらけた休日に意義を与えてくれる。たとえ1日だらだらと過ごしてしまっても、ハイゼントラを注射すれば、命に関わるとても重要なことをした気になれる。ハイゼントラを打った日は、体調を崩さず生きていく上で絶対に欠かせない一日になるのだ。もしハイゼントラを打たなかったら、おいらは血中タンパクが低下して全身が浮腫み、体がだるくなり、消化管から血が出て何も食べられなくなり、そして最後は多臓器不全となって死に至る。そんなPLEの症状が雪崩のように押し寄せてくるに違いない。

 まずい。ハイゼントラがあと4分の1しかないよ。実際は、そうした壊滅的状況はそう簡単になるもんではない。だが、最悪の事態はそれを覚悟する必要がある。こう書くと、ますますハイゼントラのありがたい存在に思えてくる。PLE治療にハイゼントラが実際どれほど有効かは謎な部分が多い。おいらが4年前に始めた時も、医者は「理由はわからないけどなぜだかハイゼントラが効くんだよ」と言って勧めた。たとえ効果が謎であっても、少なくてもおいらにとっては、休日の罪悪感を緩和してくれる特効薬なのである。ピー。ちょうど点滴終了のアラームがなった。見事時間内に一つの記事を書き終えたよ。素晴らしい。計算し尽くしたようにぴったり時間内に収められたぜ。

 なんて嘘。本当はとっくに点滴が終わりアラームが鳴りまくっている。せっかくのハイゼントラも、おいらの嘘で結局罪悪感に浸る羽目になってしまった。