ある生物学者の不可思議な心臓

ある生物学者の不可思議な心臓

先天性心疾患をもつ生物学者が命について考える。

ハイゼントラ vs サムスカ

今日は2週に一度のハイゼントラの日。今回もハイゼントラを点滴している1時間の間に、記事を書いてみよう。テーマは、以前書こうとしてやめたハイゼントラとサムスカの対決の話である。まずその二つの薬の特徴を紹介しよう。

 ハイゼントラは、患者自身が在宅で行う点滴である。点滴のポンプをセットする、シリンジにハイゼントラの薬液を入れる、消毒する、注射針をお腹などに刺す、など一連の点滴のプロセスを患者自らあるいは患者ができない場合は家族が行う。点滴を自分でやるのはなかなか勇気のいることだが、在宅できるのは、病院に行く手間が省けて、圧倒的に便利でありがたいことである。ハイゼントラの点滴は、薬液の量にもよるがだいたい一時間くらいで終わる。その間は、横になっていないといけないのが唯一不便な点である。

 サムスカは利尿剤の中でも極めて強力で効果の強い薬である。薬の説明でも「本剤投与により、急激な水利尿から脱水症状や高ナトリウム血症をきたし、意識障害に至った症例が報告されており」と警告されており、入院下で開始することが基本になっている。通常、成人は1日あたり2錠(15mg)を服用するが、おいらは先月まで3錠を服用していた。そのため、飲んだ後は毎回凄まじい尿意に襲われていた。毎日、朝に3錠を飲むと、午前中はトイレをひたすら往復する羽目になる。大体20分から30分の間隔で尿意が襲い、しかも尿意は急激に一気に強くなってくる。実際には、一回一回はそれほど沢山出るわけではないのだが、まるで膀胱に満タンに溜まったかと思えるほど尿意が激しい。おそらく、あまりに急激に溜まるので、膀胱が危険を察知して緊急指令を脳に送っているのだろう。

 だから毎日午前中は尿意との格闘であった。平日は仕事中のため、会議中だろうが上司と話していようがどんな場面であっても、我慢できずにトイレに駆け込んでしまう。休みの日に外に出ている時はさらに辛い。近くにトイレがなかったり、運転中だと漏れる寸前で涙目になる。本当に限界に達した時は、もう人目も気にせず、股間の部分を手で掴んで抑えて、ヒイヒイと声を上げながらトイレに駆け込んだこともしばしばある。そこまで限界に来ると、もう股間を掴んだ手を離すことができず、トイレについてもどうすることもできなくなる。イメージとしては口を閉めていない水風船がズボンの中に入っていて、それをズボンの外から口を抑えているのと同じである。ちょっとでも手を緩めれば、水風船から水が勢いよく吹き出してしまう。だから、片手でズボンの外から抑えつつ、もう一方の手をズボンの中に入れて直接抑え、うまく抑えられたらズボンの外の手を離してズボンとパンツを下ろしていく。また、この状態だと立ってする尿の便器は飛び散るリスクが高いため、座る便器の方で衣服が濡れないようしっかり下ろしてから出す必要がある。焦っている時こそ、ゆっくり慎重に行う必要があるのだ。

 ここまでが前置きで、本題のハイゼントラとサムスカの対決の話に戻ろう。すでにご想像の通り、その対決とは、ハイゼントラをしていて横になっている一時間の間に、サムスカの強烈な尿意が襲ってきたらどうなるのかという話である。当然一時間も我慢することなんてできないので、注射針が刺さったままトイレに行くしかない。あるいは、ハイゼントラがもう少しで終わりそうなら我慢する選択もある。しかしその選択はかなりリスクが高い。想像以上に早く限界に達してしまうと、起き上がることすらできなくなってしまう。無理に起き上がれば、尿が溢れてしまうからだ。

 一方、トイレに行く場合も下手に動くと針が動いて痛かったり、折れたりしたら大変危険である。だから極めて慎重に動かさなければならない。お腹に力が入らないように起き上がり、輸液ポンプからシリンジを外し、シリンジを持ってそっとトイレまで行く。輸液チューブがどこかに引っかかったり、トイレの中に垂れ下がる危険もあるので、そこも丁寧に取り扱う必要がある。その間も強烈な尿意が襲い続けており、油断すると尿が噴出する。それはもう、爆弾処理するような慎重さと集中力が必要なのである。

 一体なんてくだらない汚い話を書いているのだろう。おっさんの尿意を我慢する話なんて気持ち悪すぎる。でもこれがおいらの日常であり、その日常のおかげでおいらは限界を超える限界を知り、慎重になる大切さを学ぶことができた。もうちょっとやそっとのことでは決して焦らないだろう。

 

補足1:実際は、ハイゼントラの途中でトイレに行きたい場合は、一度針を抜くのが最も安全で正しい方法である。でも衛生上針を交換しないといけないし、針を再び刺すのが嫌なので、いつも刺したままトイレに行っている。良い子は決して真似をしないようにね。

補足2:今回のハイゼントラも途中で尿意に襲われた。でも今はサムスカが2錠に減っているためなんとか我慢でき、終わった後でトイレに行くことができた。

補足3:最初にハイゼントラをしている1時間のうちに書くといったが、今回も時間内に終わらず、結局2時間以上かかった。