ある生物学者の不可思議な心臓

ある生物学者の不可思議な心臓

先天性心疾患をもつ生物学者が命について考える。

フォンタン料理の極意

 随分と大胆なタイトルだが、今日は最近2週間においらが料理して食べたものを紹介しながら、フォンタン患者の食事事情についてお話ししたい。

 まず前提として、先天性心疾患を持つ人のほとんどは、程度に差はあれど食事に何らかの制限が掛かっている。塩分と水分は心臓に負担がかかるためほぼ全ての心疾患患者に制限があり、蛋白漏出性胃腸症(PLE)を発症したフォンタン患者は胃腸の負担を減らすため脂肪制限もある。また大食いもよくない。一方、タンパク質は多めに摂る必要がある。つまり高タンパク低カロリー食というわけだ。おいらの場合は、これらの中で脂肪分制限を最も厳密に守る必要があり、脂肪を取りすぎるとほぼ確実に胃腸の調子が悪くなり、みぞおちが痛み、動悸がして、ひどい時には下痢になり、最悪PLEが急激に悪化して病院送りになる。過去には、クリームが多めに乗ったドーナッツを一つ食べて翌日から一ヶ月入院したことがあった。

 しかしながら、これらの制限を厳守すると大部分のお店で外食ができなくなる。中華料理、イタリア料理、揚げ物系、肉系(焼肉・ハンバーグ・ステーキ等)、炒め物などはかなり厳しい。特においらの住む南の島は、こうした料理を提供するお店がほとんどであり、日本蕎麦、うどん、和食のお店は数える程しかない。定食屋はたくさんあるが、どの店も量が非常に多い上、油多めで味くーたーな料理が並ぶ。というわけで、おいらが自分の体に合う物を食べるためには、必然的に自分で作るしかなくなったのである。

 前置きが長くなってしまった。では、どんなものをここ最近は料理して食べたのか。

 まず朝食はほぼ年間を通じて変化がない。パン一枚に、パンに挟む具(ソーセージ、ハム、オムレツなど)。それにレタス。それからバナナ・冷凍ブルーベリー・フルグラ・季節の果物(今だとドラゴンフルーツ)をトッピングしたインスタ映え間違えなしのヨーグルト。そして、甘酒入り低脂肪牛乳。朝の準備は家の中で一番早起きなおいらが主に行い、途中から子供が起きて手伝ってくれる。

 昼食は、前日の夜のおかずの残りとご飯にミニトマトとかちょっとした野菜を弁当箱に詰めて職場に持っていく。休日は乾麺の蕎麦やうどんが多い。

 そして肝心の夜ご飯。我が家は共働きなため夕飯はおいらと妻がそれぞれ週の半分ずつ作っている。直近の過去2週間においらが作った夕食は、麻婆豆腐、カレー、肉じゃが、サバ缶トマトパスタ、韓国風鶏鍋(タッカンマリ)、ドライカレー、鶏の甘酢炒めであった(それぞれに副菜のサラダなどがつく)。意外と結構がっつり塩分も脂肪分もありそうなものばかりに思えるかもしれない。もちろんそこはしっかり工夫してある。この中でおいらが特に試行錯誤を繰り返して研究した麻婆豆腐について、一般的レシピとおいら流レシピで比較してみよう。

 

材料・調味料
(4人分)
一般分量 おいら流分量
木綿豆腐 400g 同じ
適量 なし
長ねぎ 1/3本 同じ
豚ひき肉 100g 150g
にんにく 1片 同じ
しょうが なし 1かけ
豆板醤 大さじ1 大さじ1/2
甜面醤 大さじ1 大さじ2/3
豆豉醤 小さじ1 同じ
ラー油 大さじ1 なし
サラダ油 大さじ2~3 大さじ1(ごま油)
鶏がらスープ 150ml 100ml(+水100mL)
大さじ1 同じ
しょうゆ 大さじ1 大さじ2/3
こしょう 少々 なし
水溶き片栗粉 大さじ2~3 同じ
四川花椒 1~2つまみ 1つまみ

が減量したもの、が増量したもの。 

 

  このように、肉は多いが油や塩分や辛味のある調味料の量を一般分量に比べて1/2から2/3に抑えている。また、肉から出た脂が多い場合にはある程度すくって取り除くこともある。これでは味気なくなりそうだが、材料を炒める順番、醤の香りの引き立て方、適切な火加減等を徹底的に工夫して、お店に負けない味を実現できるようになった。

 その他の料理でも、カレーは脂身の少ないぶつ切り鶏肉や豚スネ肉を使い、ルーは低脂肪減塩のものにしている。肉じゃがは少ない醤油で味が染みるよう30分以上寝かせてから食べる。サバ缶パスタは、トマトの酸味を和らげコクを高めるためにしっかり乳化させる。タッカンマリはもも肉の代わりに骨つきぶつ切り肉を使う。ドライカレーは挽肉から出た油をしっかりとキッチンペーパーで吸い取る。また、ナス、エリンギ、ピーマンなどの野菜でボリュームを増す。鳥甘酢炒めは胸肉を使い、パサつかないよう下味をつけ片栗粉をまぶして適度に焼いた後、最後にさっとタレを絡め炒める。こんな感じでどれも特別なことではないが、塩分、脂肪分をちょっとずつ減らすことを心がけ、その分素材の旨味がしっかりと出るように丁寧に下処理や調理をしていくように工夫している。

 なんだかドヤ顔で自慢話をしてしまったが、こうした工夫ができるまでにはだいぶ年月がかかった。もともと不器用なこともあり、最初は手間取って焦がしたり煮すぎて野菜がクタクタになったりと、火の入れ加減が全くうまくいかなかった。味加減なかなか定まらず、結局何を作っても妻が作った方が美味しく見た目も美しく細部まで丁寧な料理だった(それは今もそうである)。でも不器用には不器用のやりようがある。同じ料理のレシピサイトを片っぱしから見て、調理工程のイメージトレーニングを重ねた。手間取らないよう、料理番組のように全ての材料と調味料をあらかじめ必要分を揃えて下準備を万全にして、いざ火を使って調理するときはすぐに材料を使えるようにした。細かい点では、調理器具をすぐに洗い台所を清潔に保つ、食材や器具の水気をこまめに拭き取る、食材を同じサイズに切る、何度も味見する、など料理の基本を一つ一つ学習していった。そうして、めげずに何度も同じ料理を作り徐々に改良や修正を加えた結果、ようやく自分の体にあった料理の極意を会得できたのである。

 しかし、真の極意はまだ程遠い。特に不慣れな料理は全く歯がたたないことがある。今日も高野豆腐のストックがあったので基本の含め煮を作ってみたが、豆腐の分量を間違えて出汁を豆腐が全て吸い取ってしまい、味極薄でボソボソの高野豆腐が出来上がった。でもその味は入院中に出る病院食のようで、どこか慣れ親しんだ思い出深い味だった。