ある生物学者の不可思議な心臓

ある生物学者の不可思議な心臓

先天性心疾患をもつ生物学者が命について考える。

総合的俯瞰的包括的網羅的な期待

日本学術会議の会員に推薦された候補者のうち、6名が菅総理に任命拒否されたことについて波紋が広がっている。今日は、研究者の底辺にいるおいらにとっては正直雲の上の遠い世界のようなこの問題について考えてみたい。以下に書いたことは学術会議側、総理側それぞれの言動を批判したものであり、それぞれから反感を買って袋叩き必須の内容である。

 実は、今回の問題が起きるまではおいらは日本学術会議という組織自体を知らなかった。もしかするとどこかで聞いたことがあったのかもしれないが、全く記憶がない。日本学術会議は学者の国会と例えられたりしているが、これまで10数年間大学研究機関に所属して、おいら自身が会員を推薦したりもちろんされたりする機会は一度もなかった。だから、誰を会員に推薦するかは、全研究者が投票などして決めているわけではなく、もっと上の偉い先生方がどこかで決めているのであろう。

 日本学術会議の会員名簿を見てみると、おいらが専門としている「生態学」関連でも何名かの研究者が会員になられていた。どの方も大学で教授職につき、膨大な研究業績を上げ、数多くの弟子を育て上げた、著名な大御所の研究者ばかりである。ただ、生態学という分野が学問分野の中では規模が小さいのか組織力がないのかはわからないが、そんな大御所先生であっても連携会員ばかりで正規の会員の方は見当たらなかった(実際はおられたらすみません)。つまり、今回の任命拒否問題の対象にすらならないのである。そんな訳で、3流研究者のおいらがこの先永遠に日本学術会議の会員に推薦されたり、何らかの関わりを持ったりすることはありえず、だから冒頭に述べたように雲の上の遠い世界の問題に感じてしまっていた。

 今回の任命拒否問題で最も問題視されている点は、学問の自由や言論の自由が侵害されるのではないかという懸念である。確かに総理の個人的判断で、ある特定の思想や研究を行う研究者が会員に任命されないことが起これば、長い目で見ると学問の萎縮につながる恐れはあるだろう。でも、同じ研究者でありながらあえて反論すれば、そもそもこの日本学術会議がこの国の学問の自由を守っているのかが、全然実感がわかないのだ。これまでおいらは自分の研究を計画し実施する上で、自分の判断で自由に行うことができた。もちろん研究予算や研究場所、労力など様々な制約はあったものの、それは誰かから自由を侵害されたためではない。予算を獲得しようと思えば応募する機会はたくさんあったし、研究場所を世界の果ての秘境にすることだって(予算やおいらのスキルが可能なら)できた。もしかしたら、おいらが知らないだけでおいらが自由に研究活動をできたのは、この組織のおかげなのかもしれない。でも、どうにもそうした実感はわかず、そのことを示す根拠も見当たらないのだ。

 もう一つ、先に述べた正規会員に生態学者が選ばれていないことが示しているように、日本学術会議が日本の全学問分野から平等に会員が選ばれているわけではないのも確かだろう。それは意図したものではないだろうが、結果としてどうしても会員のいない学問分野の声はこうした会議に反映されにくくなる。つまり、否が応でも学術会議の提言や学問的指向に偏りが出てしまうのだ。こうした状況を考えても、日本学術会議という組織の存在によって全ての学問の自由や言論の自由がどこまで守られるのかが純粋に疑問に感じてしまうのである。

 そんなわけで、今回の任命拒否によって学問の自由が侵害されるならば、その具体的根拠や証拠を示すか、あるいはいっそ日本学術会議の会員がどうなろうとも我々個々の研究者は今もそしてこれからもずっと自由に研究するのだという気骨ある姿勢を示すことを期待したい。

 さて、この任命拒否問題でもう一つ重要な問題点は、任命拒否した理由を総理がはっきり説明しないことである。これはおいらも全く納得できない。説明なく拒否するなんて、既読無視よりある意味感じ悪い。夫婦のどちらか一方が急に説明もなく不機嫌になって無視したりすることは、どの夫婦でも一度や二度はあるだろう。夫婦関係であればそうした急な不機嫌な態度も相手への甘えの現れとして理解できる面もあるが、今回は夫婦関係でもなく、また意図的に説明を避けており、ともかく不可解でストレスが溜まる。その後総理から「総合的俯瞰的活動を確保する観点」という全く説明になっていない理由が述べられ、さらに反感を買う事態になっている。

 ところで、総合的も俯瞰的もどちらも英語にすると、ほぼ意味としては同じ"comprehensive"と表すことができる。そして実はこの"comprehensive"という単語は研究論文で非常によく使われており、試しにGoogle Scholarで2020年以降に発行された論文を検索すると約122,000件の論文や著書でcomprehensiveが用いられており、研究者が大好きな言葉なのがわかる。comprehensiveというワードを使うことで、その研究がいかに壮大な視点で(俯瞰的、網羅的、包括的、総合的に)行ったかを強調できるので、研究をアピールする上でとても強力なワードなのだ。かく言うおいら自身も、過去に書いた論文のうち2つで使用していた。菅総理は意図したわけではないだろうが、研究者が大好きな「総合的俯瞰的」という言葉を使って意味不明な理由を述べたのは、ある意味すごい皮肉が効いているとも言える。

 話を戻すと、「総合的俯瞰的活動を確保する観点」という意味不明な説明が象徴するように、菅総理はまともに言葉を使えないことが、おいらはとてもうんざりしている。その点は前総理も同様に酷く、心の底から嫌だった。政治家は言葉を使って人々や官僚を説得したり納得させて、人を動かしていくことが仕事だとおいらは思っている。言葉を使えない政治家は、政治家として何の能力もなく役割を果たしていない。言葉が使えないから、代わりに金や権力で人を動かそうとする。実につまらないやり方である。

 一方で、圧倒的な言葉の力を持ったヒトラーのような政治家が出てくれば、国を極めて危険な方向に導いてしまう可能性もあり、今回の件でいえば日本学術会議も学問全体も根こそぎ破壊できてしまうかもしれない。そう思うと、まるで言葉の使えない政治家の方が最悪の事態にはならなくてすむのではという消極的な希望を感じてしまいもする。それでもやはり政治家には人々を動かす説得力ある言葉を期待したいのだ。政治家にかかわらず、人に伝わる言葉を使える人物においらはとても憧れている。

 おいらがこのブログを書く目的の一つは、おいら自身も言葉をより上手に使えるようになりたいためである。誰にでもわかりやすく病気のことや生物のことを伝えられるようになりたいのだ。そして、伝えることにより、少しでも病気に対する偏見や差別がなくなったり、病気を持つ方に勇気や希望を感じてもらえたり、生きる魅力を感じてもらえたら、人々が(そして何よりおいら自身が)、ほんの僅かでも今よりも豊かで楽しく生きられるんじゃないかと、comprehensiveに期待しているのである。

 

注:言葉が使えないとは、話すことができないという表面的な意味では全くない。人に意味が通じる言語表現ができないことを指す。

フォンタン術後の単心室小児患者におけるCOVID-19の症例

新型コロナ感染症が世界中に拡大し半年以上が経過した。当初から、心疾患を持つ患者はコロナ感染症による重症化や死亡リスクが高いと言われてきたが、特に先天性心疾患の患者についてはどのくらいそのリスクが高いのかは全くわかっていなかった。感染拡大から半年以上が経ち、ようやくいくつかの研究成果が発表されてきたため、今日はその中の一つを紹介したい。

 

Linnane, N., Cox, D. W., & James, A. (2020). A case of COVID-19 in a patient with a univentricular heart post total cavopulmonary connection (Fontan) surgery. Cardiology in the Young, 10–12.

 

患者

心室心室、肺動脈弁閉鎖症、心房中隔欠損症、右大動脈弓を持つ10歳の少年。 双方向グレン手術を経て、3歳10ヶ月の時に心外導管型有窓フォンタン手術を受ける。

 

COVID-19発症前(1ヶ月前)の状況

酸素飽和度98%、心拍数は83bpm、血圧124/60。

 

発症時の状況

最初の外来では発熱、赤目、無気力、軽い咳症状。両親はコロナに陽性。本人も陽性だったが正常な酸素飽和状態であったため帰宅。4日後、呼吸の増加、咳の悪化、および持続的な発熱を示す。この段階で、酸素飽和度90%以上を維持するために、0.5L/minの酸素吸引が必要になった。

発症7日目に1L/minの酸素吸引が必要になる。胸部X線写真は、左中部および下部の浸潤影が顕著。静脈内セファロスポリンと経口マクロライド系抗生物質の投与を開始。地元の病院から大きな小児病院へ転院。 酸素吸引量は、8〜10日目で3L/minに増加。9日目も胸部X線写真に変化なし。CRP13。腎臓と腎臓のプロファイルは正常。人工呼吸器は必要なく、入院期間中病棟で治療。抗生物質投与は7日後に中止、その他の薬の処方はなし。14日目に地元の病院に戻り退院。

 

考察

これまでの研究によれば、(先天性心疾患有る無しに関わらず)コロナに感染した子供の90%が軽度または中等度の症状、5.2%が重度、0.6%が重篤な症状であることが示された。重度の症状は、呼吸困難、チアノーゼ、酸素飽和度<92%として定義され、重篤な症状は、呼吸不全、ショック、および多臓器不全の兆候が現れた。したがって、本研究での患者は重度の症状と診断される。

 

結論

本研究の症例では、10歳のフォンタン術後患者は感染後も重篤化することなく、ICU管理や人工呼吸器の使用も必要がなく、比較的短期間で回復した。そのため子供のフォンタン患者においては心疾患がCOVID-19感染による重篤化リスクになるとは必ずしも言いきれない。

 

おいらの感想と補足説明

この症例報告では、子供ではフォンタン循環であることがCOVID-19感染による重篤化リスクになるとは言えないと結論づけている。ただこれは、あまりに飛躍した結論であろう。まず症例が1例のみであり一般性が全くない。それに、この患者の男の子は感染前の状況が、酸素飽和度98%と穴開きフォンタンにしては信じられないほど高い。そんな良好な状態でさえ、感染時には酸素吸引がなければ90%を維持することが困難になった。チアノーゼ性の先天性心疾患を持つ患者は酸素飽和度が90%を下回る場合も多いだろう。だからそうした患者がコロナに感染したら、著しい酸素飽和度の低下を招きかねない。つまり、先天性心疾患患者は元々が低酸素状態にあるため、わずかな呼吸障害でも重度低酸素状態になりかねないのである。そして、低酸素状態が続くと心筋障害さらには、心機能低下や心不全に陥ってしまう危険があるのだ。

 一方、別の研究においても、成人の先天性心疾患患者はコロナに感染しても比較的軽症ですんでいると報告している。その理由として、成人先天性心疾患患者は比較的年齢若いことと、高齢、肥満、高血圧、糖尿病などの他のリスク因子を持っている割合が低いことがあげられるようである。そしてもう一つ注目すべき点として、全感染者数の中での先天性心疾患患者の割合が少ないそうだ。なぜ少ないのか。それは患者本人やその家族が、コロナへの感染リスクをできる限り減らそうと日々の行動に細心の注意を払っていたためである。

 我々先天性心疾患を持つ患者は、生まれながらの闘病生活の中で何度となく死のリスクに直面し、その度に乗り越えてきた。その経験は、未だ解決の糸口が見えない世界的パンデミックの危機に対しても、今まさに強力な武器として活かされているのである。

 

その他の参考文献

Frogoudaki, A., Farmakis, D., Tsounis, D., Liori, S., Stamoulis, K., Ikonomidis, I., … Parissis, J. (2020). Telephone based survey in adults with congenital heart disease during COVID-19 pandemic. Cardiology Journal.

Sabatino, J., Ferrero, P., Chessa, M., Bianco, F., Ciliberti, P., Secinaro, A., … Di Salvo, G. (2020). COVID-19 and Congenital Heart Disease: Results from a Nationwide Survey. Journal of Clinical Medicine, 9(6), 1774.

Tan, W., & Aboulhosn, J. (2020). The cardiovascular burden of coronavirus disease 2019 (COVID-19) with a focus on congenital heart disease. International Journal of Cardiology, 309, 70–77.

フォンタン料理の極意

 随分と大胆なタイトルだが、今日は最近2週間においらが料理して食べたものを紹介しながら、フォンタン患者の食事事情についてお話ししたい。

 まず前提として、先天性心疾患を持つ人のほとんどは、程度に差はあれど食事に何らかの制限が掛かっている。塩分と水分は心臓に負担がかかるためほぼ全ての心疾患患者に制限があり、蛋白漏出性胃腸症(PLE)を発症したフォンタン患者は胃腸の負担を減らすため脂肪制限もある。また大食いもよくない。一方、タンパク質は多めに摂る必要がある。つまり高タンパク低カロリー食というわけだ。おいらの場合は、これらの中で脂肪分制限を最も厳密に守る必要があり、脂肪を取りすぎるとほぼ確実に胃腸の調子が悪くなり、みぞおちが痛み、動悸がして、ひどい時には下痢になり、最悪PLEが急激に悪化して病院送りになる。過去には、クリームが多めに乗ったドーナッツを一つ食べて翌日から一ヶ月入院したことがあった。

 しかしながら、これらの制限を厳守すると大部分のお店で外食ができなくなる。中華料理、イタリア料理、揚げ物系、肉系(焼肉・ハンバーグ・ステーキ等)、炒め物などはかなり厳しい。特においらの住む南の島は、こうした料理を提供するお店がほとんどであり、日本蕎麦、うどん、和食のお店は数える程しかない。定食屋はたくさんあるが、どの店も量が非常に多い上、油多めで味くーたーな料理が並ぶ。というわけで、おいらが自分の体に合う物を食べるためには、必然的に自分で作るしかなくなったのである。

 前置きが長くなってしまった。では、どんなものをここ最近は料理して食べたのか。

 まず朝食はほぼ年間を通じて変化がない。パン一枚に、パンに挟む具(ソーセージ、ハム、オムレツなど)。それにレタス。それからバナナ・冷凍ブルーベリー・フルグラ・季節の果物(今だとドラゴンフルーツ)をトッピングしたインスタ映え間違えなしのヨーグルト。そして、甘酒入り低脂肪牛乳。朝の準備は家の中で一番早起きなおいらが主に行い、途中から子供が起きて手伝ってくれる。

 昼食は、前日の夜のおかずの残りとご飯にミニトマトとかちょっとした野菜を弁当箱に詰めて職場に持っていく。休日は乾麺の蕎麦やうどんが多い。

 そして肝心の夜ご飯。我が家は共働きなため夕飯はおいらと妻がそれぞれ週の半分ずつ作っている。直近の過去2週間においらが作った夕食は、麻婆豆腐、カレー、肉じゃが、サバ缶トマトパスタ、韓国風鶏鍋(タッカンマリ)、ドライカレー、鶏の甘酢炒めであった(それぞれに副菜のサラダなどがつく)。意外と結構がっつり塩分も脂肪分もありそうなものばかりに思えるかもしれない。もちろんそこはしっかり工夫してある。この中でおいらが特に試行錯誤を繰り返して研究した麻婆豆腐について、一般的レシピとおいら流レシピで比較してみよう。

 

材料・調味料
(4人分)
一般分量 おいら流分量
木綿豆腐 400g 同じ
適量 なし
長ねぎ 1/3本 同じ
豚ひき肉 100g 150g
にんにく 1片 同じ
しょうが なし 1かけ
豆板醤 大さじ1 大さじ1/2
甜面醤 大さじ1 大さじ2/3
豆豉醤 小さじ1 同じ
ラー油 大さじ1 なし
サラダ油 大さじ2~3 大さじ1(ごま油)
鶏がらスープ 150ml 100ml(+水100mL)
大さじ1 同じ
しょうゆ 大さじ1 大さじ2/3
こしょう 少々 なし
水溶き片栗粉 大さじ2~3 同じ
四川花椒 1~2つまみ 1つまみ

が減量したもの、が増量したもの。 

 

  このように、肉は多いが油や塩分や辛味のある調味料の量を一般分量に比べて1/2から2/3に抑えている。また、肉から出た脂が多い場合にはある程度すくって取り除くこともある。これでは味気なくなりそうだが、材料を炒める順番、醤の香りの引き立て方、適切な火加減等を徹底的に工夫して、お店に負けない味を実現できるようになった。

 その他の料理でも、カレーは脂身の少ないぶつ切り鶏肉や豚スネ肉を使い、ルーは低脂肪減塩のものにしている。肉じゃがは少ない醤油で味が染みるよう30分以上寝かせてから食べる。サバ缶パスタは、トマトの酸味を和らげコクを高めるためにしっかり乳化させる。タッカンマリはもも肉の代わりに骨つきぶつ切り肉を使う。ドライカレーは挽肉から出た油をしっかりとキッチンペーパーで吸い取る。また、ナス、エリンギ、ピーマンなどの野菜でボリュームを増す。鳥甘酢炒めは胸肉を使い、パサつかないよう下味をつけ片栗粉をまぶして適度に焼いた後、最後にさっとタレを絡め炒める。こんな感じでどれも特別なことではないが、塩分、脂肪分をちょっとずつ減らすことを心がけ、その分素材の旨味がしっかりと出るように丁寧に下処理や調理をしていくように工夫している。

 なんだかドヤ顔で自慢話をしてしまったが、こうした工夫ができるまでにはだいぶ年月がかかった。もともと不器用なこともあり、最初は手間取って焦がしたり煮すぎて野菜がクタクタになったりと、火の入れ加減が全くうまくいかなかった。味加減なかなか定まらず、結局何を作っても妻が作った方が美味しく見た目も美しく細部まで丁寧な料理だった(それは今もそうである)。でも不器用には不器用のやりようがある。同じ料理のレシピサイトを片っぱしから見て、調理工程のイメージトレーニングを重ねた。手間取らないよう、料理番組のように全ての材料と調味料をあらかじめ必要分を揃えて下準備を万全にして、いざ火を使って調理するときはすぐに材料を使えるようにした。細かい点では、調理器具をすぐに洗い台所を清潔に保つ、食材や器具の水気をこまめに拭き取る、食材を同じサイズに切る、何度も味見する、など料理の基本を一つ一つ学習していった。そうして、めげずに何度も同じ料理を作り徐々に改良や修正を加えた結果、ようやく自分の体にあった料理の極意を会得できたのである。

 しかし、真の極意はまだ程遠い。特に不慣れな料理は全く歯がたたないことがある。今日も高野豆腐のストックがあったので基本の含め煮を作ってみたが、豆腐の分量を間違えて出汁を豆腐が全て吸い取ってしまい、味極薄でボソボソの高野豆腐が出来上がった。でもその味は入院中に出る病院食のようで、どこか慣れ親しんだ思い出深い味だった。

これだけはお前らに約束する。

先日、何年かぶりに旧友二人からメールをいただいた。それぞれの近況を話してくれて、おいらも自分の近況を話し、久しぶりの会話にとても嬉しかった。その二人のメールとは別においらに朗報のメールが届いた。投稿していた論文が雑誌に掲載される見込みとなったのだ。論文の掲載は、研究者にとって最も嬉しい瞬間であり、愛の告白が成就したような気分になれるのだ。

 さらにもう一つ、おいらにとっては喜ばしいというか、少し胸をなでおろした出来事があった。ご存知の通り、数日前首相が辞任を表明したことだ。先日も書いたように首相個人の病気については、それを理由に差別や誹謗中傷をしては絶対にいけないと思っている。それはそれとして、正直言うと彼が行ってきた政治には心底うんざりしていた。それがやっと終焉を迎え、頭の片隅に常に居座っていたどんよりとした不快感がほんの少しではあるが取り除かれた気分になれたのだった。そんなわけで、一つ一つはとても些細なことだがおいらにとって喜ばしい出来事が重なり、いつになく穏やかな気分に浸ることができた。

 そんな他人にはどうでもいい話がしたいわけではない。本題は、最初に紹介した旧友のメールの中にあった一言だ。それは「困難はそれを乗り越えられる人のところにくる」という言葉であった。この言葉を見たとき、以前ツイッターで先天性心疾患を持つご本人かその親御さんが似たような言葉を知人から言われ、とても嫌だったとツイートしていたことを思い出した(「神はその人が乗り越えられる病気しか与えない」だったかもしれない)。そのツイートには多くの賛同リプライがついており、嫌悪感や怒りが共有されていた*1。

 確かに、本当に重い病気を抱え日々苦しんでいる方々には、こうした励ましの言葉はかえって傷ついてしまうかもしれない。好きで病気や障害を持ったわけではないのに、自分の病気はなるべくしてなったと言われているように感じるからだ。とはいえこうした言葉に敏感に反応し傷ついていては、自分自身が消耗してしまう。

 そこで、今とても心がおおらかなでなんでもwelcomeなおいらだったら、江頭2:50ばりの返しをしてむしろ前向きにその言葉を受け止めたい*2。

 

  病気はそれを乗り越えられる人のところにしかこないものだよ。

えー!この病気半端ないよ。俺に期待しすぎだぜ。

 期待じゃなくて、実際あなたは病気を乗り越えられる強い人だと思うよ

俺、とんでもなくマゾじゃん。確かに、これまで数々の激痛も乗り越えてきたよ。注射するときもガン見しちゃうし、なんならどんだけ痛いのか期待しちゃうからさあ。 

 いや、そういうことでもなくて。

そうか、わかった!これを乗り越えたら超グレイトな特典があるのか。後々100億円くれるとか。そりゃたまんねえな。伝説作っちゃうよ。

 それはちょっとわからないけど。

 なに?特典なしの激痛だけ?! おい、そりゃないよ。今時若手芸人でもやらないぜ。

でも、俺はずっと戦っていくからな!

病気がどれだけ俺を苦しめようと

俺は全部乗り越えてやるからな!

これだけはお前らに約束する!

 

*1 どうか旧友のメールに悪い印象を持たないでほしい。おいらは、旧友を非難したいわけでは決してない。旧友のメールの言葉は、おいらに対してではなく自分自身に対して書いた言葉であり、仮においらに対して言っていたとしてもおいらは全然嫌にならないだろう。そして、あえて恥ずかしげもなく言えば、旧友は大学時代の親友であり、おいらは彼を心より尊敬し憧れを抱き、紳士的な男だと思っている。その気持ちは今も全く変わらない。これだけはお前らに約束する。

*2江頭2:50風のセリフは、ネットで検索した江頭名言集を一部借用した。ただし、それを実際に本人が言ったかどうかの真偽は定かではない。

なおざりな差別

先日、首相が辞任を表明した。持病が悪化し職務を全うできないというのが主な理由だった。これに対してある野党の議員が「大事な時に体を壊す癖がある危機管理能力のない人物」という明らかな差別的発言をして、強い批判にさらされている。おいらも障害を持つ一人として、このようなことを言われたらとても傷ついてしまい、とてもじゃないが許容できない。

 一方、以前こんな記事を書いた。

susukigrassland.hatenadiary.jp

 

 これは、重度障害者の国会議員に対し「障害者に国会議員が務まるのか」という批判が沸いたことへの恐怖や不安を書き綴ったものであった。記事の中でも書いたが、その時には「まともに仕事ができるのか。健常者が議員になって代弁すべきでは」といった意見が、テレビでごく普通に流されていた。おいらは、社会の中に潜む障害者に対するあまりに深い偏見や差別意識が垣間見えて、正直本当に恐ろしかった。

 今回の野党議員の発言に対する批判は、表面的に見ればそうした差別意識への強烈な批判であり、その通りに思う。でも、実際そうした批判をしている人々の中で、いったいどれほどの人が本心で障害への差別を批判しているかは正直疑問がある。ツイッター等のネット上の批判コメントを見ると、本当は障害者差別はあまり重要でなく、野党議員を非難したいだけなのであろうと感じるものが多い。短いコメントの中でその真意はわからないので断定はできない。ただ、障害者差別が右左間のイデオロギー論争の材料になってしまっているのは確かだろう。そして本来議論すべき障害者差別の問題は、結局放置されていってしまう。

 この国からあるいはこの地球上から、障害者差別がなくなる時が来ることはあるのだろうか。もしあったとしても、それはまだ遠い未来になるだろう。今回は批判的なことを書いてしまったが、批判したところで障害者差別は解決できないと思っている。おいらがこのブログを通してできることは、障害があろうとなかろうと生命は美しく輝いていることを証明することである。

 

P.S. おいらは、障害を持つ人でも重い責任のかかる職務を十分に遂行できると考えている。その方法については、またいつかの機会にお話ししたい。

痛みの緩和術

今回は、おいらはこれまでの闘病経験で、痛み、苦しみ、辛さからなんとか逃れようとした時に実践したことを紹介したい。これはある程度病気で痛い思いや辛い思いをされた方であれば、おそらく誰しもが似た経験をされていると思うので特に目新しいことではないが、一つの小話としてお聞きいただければ幸いである。

 

痛み緩和力10%:テレビを見る、本を読む、ゲームをする。

テレビ、本、ゲームはいい暇つぶしになり気がまぎれるので、痛みの緩和手段として有効そうに思える。しかし、実際のところこれらは精神的肉体的に相当ゆとりがなければできるものではない。例えば、テレビ。痛みや苦しみが強いときは、テレビのある方向に体を向け続けるのが辛いのだ。さらに、言葉やストーリーを理解するのも辛い。極め付けは、バラエティー番組などでの笑い声や騒がしい会話は、あまりに鬱陶しく痛みを増長してしまう。本やゲームも同様である。ともかく、ストーリーを理解したり考えたりするなんてゆとりはないのである。そんなわけで、テレビ、本、ゲームは緩和力はほとんどないのである。

 

痛み緩和力30%:音楽を聴く。

音楽は頭を使わず聴き流せるので、テレビなどよりはるかに受け入れやすい。静かな音楽を聴けば気持ちがリラックスするし、体の向きを気にする必要もない。それに医療機器のピコピコ音もかき消してくれたりもする。ただ一つ厄介なのは、特に入院している時にはイヤホンで聴かなくてはならず、イヤホンのコードが非常に鬱陶しくなることだ。ただでさえ身体中に管やケーブルがたくさんまとわりついているのに、さらにコードが増えしまっては元も子もないのである。また、イヤホンを長時間つけていると耳の穴が痛くなってきたりもする。結局、音楽の緩和力は長時間続かないのだ。

 

痛み緩和力50%:人と会話する。

テレビや本と違い、人と会話することは意外と頭を使わずに楽にすることができる。ゆっくりと自分のペースで話したり、たわいのない会話をすれば、ふっと痛みを忘れて時が過ぎていることもある。また、痛みや苦しみの辛さを人に話すことで、気持ちが落ち着いたりもする。何より誰かと一緒にいるということ自体が、不安や孤独感から逃れられ安心できるのである。がしかし、それも話相手による。テレビのように一方的に話しまくる人だったり、元気な時でもうんざりするような愚痴や悪口、あるいは自分自慢、お節介な忠告やアドバイスなどを言う人はどっと疲れて辛くなる。さらに、水分制限で常に強い口渇感がある時には、会話すると口の中がパッサパサになるほど乾いてしまうのである。一度それで喉の奥が張り付いて呼吸困難になりかけたことがある。会話の緩和力も常に有効ではないのだ。

 

痛み緩和力70%:飲む食べる。

食いしん坊万歳のおいらにとっては、飲むこと食べることは痛みや苦しみを一時的に忘れ幸福感に浸れる強力な手段である。入院中3度の食事時間は最大の楽しみであり、食事をしている間だけは(たとえ、あまり美味しくなかったとしても)、生きていてよかったと思える。しかし、そんな強力な手段も万能ではない。絶飲食の時は全く役に立たないどころか、幸せを奪われた絶望感で苦しみが増すのだ。それに手術後間もない頃は全く食欲が湧かず、あんなに楽しみにしていた食事がむしろ苦痛になってしまうこともある。というわけで、飲食もまた緩和術としては完璧ではない。

 

 ここまで紹介した方法はどれも痛みを確実に緩和できるものではなかった。むしろ場面によっては痛みを増幅してしまうリスクすらある。では、どんな場面でも効力のある緩和力100%の方法はないのだろうか。実は、ただ一つそんな完璧な緩和術があるのだ。それは、人に触れる触れられることである。

 人の温もりは究極の麻酔である。おいらはこれまで激痛に襲われたときは、いつも看護師さんや家族に触れることで、痛みを耐え忍んできた。手を握ったり顔を撫でたり背中や腕をさすったりしてもらうと、ふわっと体から力が抜け、痛みがわずかではあるがでも確実に弱まるのである。先日のアブレーション入院でも、術後目が覚めて強烈に苦しかった時は、看護師さんの手を思い切り握って耐えていた。翌日、悪寒とだるさで辛かった時には妻が背中に手を当ててくれた。その手から伝わる温かみは、カイロとは全く異なる体の芯までじわりと伝わる温かさだった。

 なぜ人の温もりにそのような鎮痛効果があるのかはわからないが、おそらくそれは長い生命進化の中で培われてきた能力なのだろう。人に近い霊長類だけでなく、多くの哺乳類が同種の仲間とスキンシップをとっている。それは意思疎通だけが目的ではなく、お互いに安心させるための役割が大きい。哺乳類の中の霊長類、その中の類人猿になるほどその役割は強化され、そして人では安心効果(鎮静効果)を超えて鎮痛効果まで発揮するに至った。母親が子供の痛い部分に手を当てて「痛いの痛いの飛んでいけ」とやるのは、ただのおまじないではなく本当に効果があるのである。

 これはあくまでおいらの想像であるが、今日人類が地球上の覇者になれたのには、この最強の痛み緩和術も一役担っているだろう。人は、他の動物では到底到達できない新天地に進出し生息範囲を広げていった。その道中では巨大な山脈や大海原、極寒の地や灼熱の大地もあったが、そうした厳しい環境下でも人がお互いに触れ合うことで苦しさを和らげ、勇気付けられ、先へと進むことができた。どんな過酷な状況でも手に手を取り合うことで次の一歩を踏み出せたのだ。

 だから、あなたも目の前に苦しむ人がいたならばそっと触れてあげてほしい。あなたのその手は全知全能のいかなる神よりも、その人を癒してくれるはずだ。

小児が性に合う:心外導管穿刺法アブレーション入院後編

アブレーション入院の続きを書こう。アブレーションの翌日、朝9時に主治医の先生が来て、すぐに脚の付け根に何重にも貼ったテープを剥がしてくれた。テープを剥がす時は予想通りかなり痛かったが、途中から自分でやらせてもらえたため比較的楽にはがせた。テープとともに導尿カテーテルも抜いてくれて両脚が自由に動かせるようになり、体も起こして座ったり歩いてもいいことになった。最大の懸念だった尿道の痛みは、幸いにも傷ついておらず尿を出してもしみることがなかった。これで今回の入院の激痛は全てクリアしたのだ。もうあとは回復を待つだけでよい。安堵感に浸ろうと茶の一杯でもすすりたかったが、まだ絶飲食期間のため茶の一滴もすすれなかった。

 歩けるようになったことで、口が渇いた時は自分の好きなタイミングで好きなだけうがいができるようになった。豆の形をした金属の受け皿(膿盆という)と、水を入れたコップをベッドサイドのスライドテーブルに常備しておき、狂ったように何度もうがいをしまくった。ひどい時には10分に一回くらいうがいをしていただろう。しかし、うがいをすればするほどむしろ余計口が渇くようになり、このままではうがい死にしそうなので、途中から我慢することにした。

 口の渇き以上に辛かったのは、強烈な寒気だった。ガタガタと震え寒気で吐き気もした。しかもこの寒気は特殊であり、足先や手や顔などの末端部はさほど冷たく感じないのに腿や胴体、肩などの中心部分がざわざわと寒かった。こうした寒気は入院前から度々起きていて、特にアブレーション後の数日がひどかった。あまりに寒いので電気毛布を最強の温度にして、さらにもう一枚毛布をかけ、靴下を履き冬用のルームウェアを着て布団にくるまっていた。結局2日目の晩も寒気と口渇感でほとんど眠れず長い夜を過ごした。

 翌日、待ちに待った食事開始である。しかし、その前に胃カメラで食道の傷の具合を確認する必要があった。胃カメラ検査はお昼になったため、結局食事が再開したのはその日の夜になった。ただ、水分は飲んでいいことになり、おいらは早速病棟に設置された自動販売機で飲み物を買いに行った。どれにしようか迷ったが、甘いものが飲みたくなりスポーツドリンクを買った。初めはちびちびと酒をすするように水分が喉に染み込む感覚に酔いしれていたが、やがてグビグビと飲んでしまい、気づくと残りわずかになっていた。喉の渇きが癒えぬくぬくと布団に包まると、久しぶりにウトウトと軽い眠りにつくことができた。

 夜の食事は予想したほど感動しなかった。とはいえ、食事が再開するとみるみる体にエネルギーが満たされていく感覚がして活気が戻ってきた。食事が始まるとすぐに、栄養剤を入れていた点滴が抜かれ、寒気も日に日に和らいでいった。最後の2日間は携帯型の心電図モニターも外れ、体に何もついていない身軽な状態になり、3食付きのホテル暮らしのような優雅な時間を過ごした。

 今回の入院は、治療がとてもスピーディかつ計画的に進みストレスフリーな入院だった。それは小児循環器科の医師が担当だったからではないかと思う。アブレーション翌日の朝にすぐテープや導尿カテーテルを外してくれて歩けるようになったり、食事開始後は点滴もすぐ外れたり、とテンポが良かった。絶飲食の2日間も喉の傷が良くなるまでと丁寧に説明してくれたため納得できた。水分摂取量の制限もなく、できるだけ患者の負担が減るように配慮してくれている気がした。そしてさらにありがたかったのが、毎日ほぼ決まった時刻に診察に来てくれることだった。そしてそのたびに丁寧に説明をしてくれて、治療の方針に疑問を持ったりすることがなかった。

 おいらの個人的経験による非常に偏見のある想像ではあるが、もしこれが成人循環器科の医師が担当だったら、こんなにスピーディで計画的に治療は進まなかったのではないかと思う。導尿カテーテルは説明なく数日入れっぱなしになったり、水分制限がかかったり、点滴も継続したりしていたかもしれない。そして診察の時刻はバラバラで、来るときは大名行列のように大勢で押し寄せ、質問を受け付けない雰囲気すら漂っている。これでは疑問や不満が溜まりストレスが増大していってしまう。

 こうした違いが生まれてしまう背景には、患者側の特徴の違いもあるだろう。成人循環器科の患者は圧倒的に高齢者が多い。そのため、なかなか治療の効果が現れなかったりして慎重にならざるを得ない面もあるだろう。それに診察で説明しても理解してもらえなかったり、会話があまり通じないことも多い。一方、子供の場合は治療効果がすぐに現れ回復も早いのだろう。また治療の説明は大抵親が聞くため、親は患者本人以上に真剣であり、ちょっとした疑問点もしつこく尋ねてくるはずだ。そうした患者や親に日々接している小児循環器科の医師は、スピーディで計画的な治療や丁寧な説明を行うことを否応無く心がけているのかもしれない。

 おいらは、入院中のストレスは少なからず治療効果や回復に支障が出ると感じている。医師不足による激務により、患者一人一人に対応できる時間が少ないのが現状なのであろう。だから無理なお願いはできないが、将来の医療のあり方として患者のストレス軽減も重要な治療方針として配慮してほしいと願っている。