ある生物学者の不可思議な心臓

ある生物学者の不可思議な心臓

先天性心疾患をもつ生物学者が命について考える。

狭まる美味

新型コロナに感染すると、味覚障害や嗅覚障害が生じて味や匂いが分からなくなる場合があると言われる。幸いおいらは、これまでの人生で味や匂いがわからなくなるような症状は経験した記憶がないが、味や匂いの感じ方(好き嫌い)が体調によって変わった経験をここ数年何度もしている。

 大体そうした味覚・嗅覚の変化が起こるときは、数日間だけの短期間変わるのではなく1ヶ月以上続くことが多い。過去数年で最初に変化が訪れたのは、6年前フォンタン再手術を受けた後だった。手術後の食事は、甘い果物や飲み物以外はなぜだかどれも匂いがきつくて気持ち悪く感じたのだ。

その時の様子はこちら:ICUは命のゆりかご

 術後の味覚異常は、メカニズムはわからないが血液の循環系が大きく変わったことなどの体全体の劇的な変化と関係したのかもしれない。その後、体力が回復するとともに徐々に改善していった。しかし、その手術入院から退院後、おそらく抗生物質の長期服用と極度の口の渇きの影響で、舌や歯茎に白い汚れのようなものができる口腔カンジダ症のような症状に悩まされた。このときは、ともかく口の中がさっぱりするものが欲しくて、レモン味のする炭酸水やレモン汁を入れた水(最近だとデトックスウォーターといわれるオシャレなカフェで出てきそうな水)ばかり飲んでいた。またこの頃からフルーツの香りのするフレーバーティーにハマり、ほぼ毎日飲むようになった。

その時の様子はこちら:至福のひととき

 このレモン水やフレーバーティーの嗜好期間は長く、口腔カンジダ症が治り口の渇きが気にならなくなってからも続いていた。レモンから離脱したのは3年ほど前だった。まずレモン味炭酸水は、香料の香りが何故だかウソ臭く感じられるようになり、あまり美味しくなくなってきた。それで本物のレモン汁を炭酸水に入れて飲んだりもしたが、それだと流石に苦味が強くて、レモン味炭酸水はその後飲まなくなった。レモン汁を入れた水はもうしばらく続いたが、夏場ステンレスボトルに冷たい水を入れて枕元に置いておき、夜中に飲むようになってからはただの水を飲むようになった。これは、スレンレスボトルに酸性のレモン汁を入れてはいけないという消極的理由がきっかけだったが、しばらくただの水を飲んでいると、なんだ水が一番美味しいじゃないかと気づいたのだった。

その時の様子はこちら:最強アイテム

 そして昨年の春頃から、香料の香りに対する嫌悪感がますますひどくなり、一時期あんなに愛飲していたフレーバーティーが飲めなくなった。なんだかとても人工的な感じがして、プラスチックが溶けた臭いのような気持ち悪さを感じた。少し話がそれるが今までで一番気持ち悪かった匂いの記憶は、子供の頃住んでいた家の近くにあった小さなゴム加工作業所からの匂いで、その作業所の前を通るといつも頭痛がするほど強烈なゴムの溶ける匂いがした。香料の香りからもその時の記憶と共通する鼻のさらに奥の脳の中で感じる嫌な匂いがしたのだった。昨年の春頃は、不整脈が頻発しペースメーカーが機能不全になり心不全になり強烈な悪寒に悩まされ精神的にも落ち込んでいた時であり、そうした身体的、精神的不調が関係していたのだろう。

その時の様子はこちら:頑張ることの断捨離

 昨年7月に不整脈のアブレーション治療を受けてからは、体調と精神が上向きになり、それに伴って香料の香りに対する嫌悪感も薄れていった。とはいえ現在も香料入り飲料はあまり飲まない。その延長で、香料の入った飴やガム、歯磨き粉も苦手になってきた。だから今はなるべく泡立たず味のしない歯磨き粉を使っている。石鹸や洗剤もきつい時があり、体を洗う石鹸は無香料にしている。そして今年に入ってからは、化学調味料が入った食べ物が美味しく感じられなくなってきた。正確には、美味しいとは感じるが、食べた後ずっと口の中に残る味が嫌なのだ。それが決定的になったのは、一月ほど前にスパイスカレーを初めて作ってあまりの美味しさと爽やかさに衝撃を受けてからである。スパイスカレーの話はまた今度したい。

 今のおいらは、傍目から見ると自然やエコを意識したターバン族*1のように見えるかもしれない。でも本来は、ファストフードやスナック菓子を食べたりもする。化学調味料や香料や人工甘味料を健康面を意識して避けているわけではない。ただ、なぜか美味しく感じられず避けてしまうのだ。それはとても良いことなのかもしれないが、一方で自分が食べられる食べ物がどんどん狭まっていくことに生きにくさも感じている。外に出かけてもなかなか食べたいと思うものが見つからないのだ。以前までは普通に美味しそうに見えた食べ物が、最近はあまり魅力的に見えないのである。それはある意味、食事制限みたいな辛さがある。おいらにとって、食べられるものが減ることは死に近づくことに感じるのだ。

 

*1 頭に布を巻いてナチュラルな格好をした天然素材にこだわった人々をおいらが勝手にターバン族と呼んでいる。おいらの姉もその一人。おいら自身は、ほぼ全てユ◯クロ、無◯、G◯Pの服装である。